仕掛けの要約【ネタバレ】
十編を収めた短編集で、文庫では二冊に分けられ、後半の巻に一編が足されている。叙述の仕掛けがはっきり確かめられるのは、後半の巻に入る二編、「Closet」と「神の言葉」である。ほかの収録作は、結末で意外な事実が明かされるものが多いが、語りの書き方で読者だけに思い込みを持たせる形にはなっていない。
「Closet」は、画家の長男、作家の次男、長女の三きょうだいと、長男の妻が集まる実家の話である。次男は兄嫁の過去の秘密を嗅ぎつけ、離れの自室に呼び出して問い詰める。兄嫁は重い灰皿に手を伸ばす。部屋の外から声がかかり、場面はそこで切れる。
場面は時間を飛ばして再開し、兄嫁は灰皿を手に、次男の死体を見下ろしている。読者はこのつなぎ方から、空白の数分のあいだに兄嫁が次男を殴り殺したと受け取る。以後、死体を隠そうとする兄嫁と、兄の失踪をいぶかる長女の攻防が、兄嫁の側から追われていく。
終盤、兄嫁は空白の時間に起きたことを打ち明ける。兄嫁が部屋を離れた隙に次男はすでに殺されており、兄嫁は戻ってきて死体を見つけ、凶器を思わず手にしていただけだった。では誰が殺したのか。部屋の大きなクローゼットを開けると、中に潜んでいた者と目が合う。その最後の一文で、初めて一人称の「ぼく」が現れる。クローゼットにいたのは長男であり、次男を殺したのも長男だった。
「神の言葉」の語り手「ぼく」は、念じて口にした言葉を現実にする力を持つ少年である。語り手は家族や周りの人に力を使いながら、学校と家での日々を語っていく。
ある夜、語り手は自室で見覚えのないカセットテープを見つけ、過去の自分の声を聞く。テープの声によれば、語り手はとうの昔に力を家族に向け、それが連鎖して世界のほとんどの人間が死に絶えていた。語り手はそのことを忘れるよう自分自身に暗示をかけ、誰もいない世界で同じ日常を繰り返していた。読者が読んできた家族や学校の日々は、語り手が自分に見せていたものだった。
騙しの技術
- 場面を切る位置で、行為の意味をすり替える(Closet)。 兄嫁が灰皿に手を伸ばす場面で切り、時間を飛ばした先に灰皿と死体を並べる。殴る場面そのものは書かれていない。書かれていない数分を、読者が自分で「殺した」と埋める
- 兄嫁の側から追う(Closet)。 死体を隠し、疑いをかわそうとする兄嫁の焦りが内側から描かれるので、読者は犯人の側から読む話だと受け取り、最初の思い込みを確かめ直さない。兄嫁が死体を隠すのは自分が真っ先に疑われると分かっているからで、その行動は犯人の行動としても通る
- 最後の一文まで一人称を出さない(Closet)。 「ぼく」が現れるのは結末の一文だけで、その場に潜んでいた人物がいることは、それまで読者の数に入っていない
- 語り手の知覚を、そのまま世界の姿として渡す(神の言葉)。 語り手は自分にかけた暗示に気づいていないので、語られる家族や学校の様子に嘘をついている自覚がない。一人称の語りであるため、語り手が自分を欺いていることが、そのまま読者を欺くことになる
- 力の規則を先に読者に教えておく(神の言葉)。 言葉で他人の知覚や心を変えられることは前半で何度も示される。読者はその力が他人に向けられる場面ばかりを見せられ、語り手自身に向けられている可能性を考えない
フェアプレイの担保
- Closet:灰皿に手を伸ばす場面と死体の場面のあいだには、時間の経過が明示されている。殺す場面が書かれていないことは、読み返せば分かる
- Closet:死体を隠すくだりと、長女が離れのクローゼットにこだわるくだりが、結末で中身の入れ替わりとして読み直される
- 神の言葉:机に残る覚えのない傷、部屋の異臭といった、語り手の日常と合わない材料が書かれ、テープの声によって意味づけられる
- 神の言葉:言葉の力は無生物と死者には効かない、という規則が示されている。この規則から、語り手が日々接している相手がすでに生きていないことが読み取れる
効き目
- Closet:読者は兄嫁を犯人とみて、その隠蔽が露見するかどうかに気を取られている。反転は「誰が犯人か」を正すだけでなく、読者が場面のつなぎ目に勝手に殺人を書き込んでいたことを突きつける。最後の一文の一人称が、クローゼットの中で一部始終を見ていた人物を一度に立ち上げる
- 神の言葉:前半の軽い調子の能力ものの話が、テープの声で一挙に、誰もいない世界の話に変わる。語り手の日常の場面すべての意味が、後から入れ替わる
- 文字の媒体でなければできない表現だと評する読者がいる
弱点・破綻しやすい点
- Closet:真犯人の動機と行動の筋(兄嫁を犯人に仕立てようとするのか、兄嫁を守ろうとするのか)に一貫性が欠ける、とみる評がある。クローゼットの鍵をめぐる途中の経緯が、真犯人が中にとどまっていたことと噛み合わないと指摘する評もある
- Closet:短い作品に四人しか出てこないので、兄嫁が犯人でないと疑い始めた読者には、残る人物から真相を絞り込める
- 神の言葉:結末の受け取り方が分かれる。語り手が後悔を抱えているとみる読みと、誰の目も気にしなくてよい境遇にようやく安らぎを得たとみる読みがある
- 短編集全体としては、結末に意外な事実が置かれた作品が多く並ぶため、叙述の仕掛けを持つ編がどれかは一冊の評からは分かりにくい