仕掛けの要約【ネタバレ】
駅のホームのすぐ前の家に、事故で視力をほとんど失った若い女性・ミチルが一人で暮らしている。ある日、ホームで男が突き落とされて列車に轢かれ、その職場の同僚で、被害者と反目していた青年・アキヒロが容疑者として警察に追われる。アキヒロはミチルの家に忍び込み、居間の隅で気配を殺して暮らし始める。物語はミチルの視点の章とアキヒロの視点の章を交互に重ねて進む。
読者は、アキヒロが被害者を突き落とした犯人で、逃げ場としてこの家に転がり込んだのだと受け取って読み進める。アキヒロの章は彼の内側から書かれ、被害者との確執や追い詰められた心情は描かれるが、ホームでのその瞬間に彼が何をしたのかは書かれない。
真相では、アキヒロは突き落としていない。彼は、ホームを見渡せるこの家の窓から、真犯人が再び駅に現れるのを待つためにここに潜んでいた。また、家の主が目が見えないことも以前から知っていた。視点人物の章が中盤で彼の無実を明かし、終盤で真犯人が、ミチルに近づいてきていた知人の女性であることが分かる。
騙しの技術
- 視点人物の内側から書きながら、決定的な一点を書かない。 アキヒロの章は彼の感情と行動を追うが、事件の瞬間と、この家に留まる理由は伏せられる。内面を見せている章で「やった」とも「やっていない」とも書かないため、読者は空いた欄を手近な説明——犯人だから逃げている——で埋める
- 動機は見せる。 被害者との確執が書かれるので、読者の推測には動機の裏づけまで揃う
- 作中の疑いと重ねる。 警察もミチルも彼を犯人と考えている。読者の推測は作中の見方と同じ方向を向くので、浮いて見えない。ただし作中の人物は彼の内面を知らない。内面を知ったうえで同じ結論に導かれるのは読者だけである
- 逃亡者の物語の型を使う。 容疑者が他人の家に隠れる、という筋立てそのものが「追われる犯人」の物語として読まれる
フェアプレイの担保
- 作者はアキヒロが犯人だとは書いていない。真相を知って読み返すと、駅の見える部屋に座り込み、窓の外を見続ける彼の行動は、逃亡者の潜伏ではなく見張りとして通る
- 遠くへ逃げずに駅の目の前の家に留まるという不自然さ自体が手がかりになっている
- 真犯人の側にも伏線が置かれ、終盤で回収される、とする感想が多い
効き目
- 多くの感想が、途中までアキヒロを犯人だと疑わなかった、視点人物の章で無実が分かったところで驚いた、と書いている
- 反転は中盤に置かれ、そこから物語は「容疑者を匿う話」から「真犯人を待つ話」へ性格を変える
- 中心は二人の交流の物語で、仕掛けはその土台を一段だけ入れ替える小さなものである。そのぶん、反転のあとも読後の印象は大きく崩れない
弱点・破綻しやすい点
- 隠すだけで、ミスディレクションが薄い。 事件の瞬間を書かないことに気づいた読者には、伏せていること自体が透ける。肝心な箇所を省略で隠す書き方に驚いた、文章で巧みに誤導してほしかった、後から事実を足したように感じた、とする感想がある
- 犯人の見当がつきやすい。 登場人物が少なく、序盤に大きな手がかりがあるため、視点人物の無実も真犯人も早くに察しがつく、とする評が複数ある。あらすじの段階で無実が分かってしまう、とする感想もある
- 評者がどの程度「仕掛けがある」と身構えて読んだかで、受け止め方は大きく割れる。ミステリとして意識せずに読んだ読者ほど驚いたと書く傾向がある
- 無実なのになぜ最初から警察に行かないのか、という動機の弱さを指摘する感想がある