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アイデンティティー

ジェームズ・マンゴールド / 2003 / 映像

読者が誤認するもの

現実と非現実›現実だと思ったら非現実
人物›人物の誤認›一人を複数
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層メタ
叙述N-人物の同一と別N-行為の偽装
媒体固有T-映像/編集の嘘
効果E-描かれた全部が同じ世界E-映っているものは起きたことE-別の名前は別の人物E-語り手は自分の属性を知っている

⚠️ このページは作品の核心(真相)に触れます。未読・未視聴の場合はご注意ください。

まだ読んでいない方へ。この下は真相に触れます。

先に作品にあたるなら、こちらから。

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仕掛けの要約【ネタバレ】

嵐で道が断たれた夜、砂漠のモーテルに、互いに無関係な男女が偶然のように集まる。運転手、落ち目の女優、囚人を移送する警官とその囚人、娼婦、新婚の夫婦、事故に遭った家族、管理人。やがて一人ずつ殺され、死体のそばには部屋番号の鍵が数を減らす順に残される。この筋と交互に、同じ夜、死刑執行を翌日に控えた連続殺人犯マルコム・リバースの再審理が、担当の精神科医マリックの申し立てで開かれようとする場面が挟まる。

観客は、モーテルの筋を、審理と同じ現実の世界で起きている出来事として観る。二つの筋のつながりは長いあいだ示されない。同じ夜の別の場所の出来事と読むか、審理で問われている過去の事件と読むかは見方が分かれるが、どちらにしてもモーテルは現実の場所であり、集まった人々は別々の人間である。

真相では、モーテルの夜はマルコムの頭の中で起きている。集まった人々はみな、解離性同一性障害をもつマルコムの人格の一つ一つで、殺し合いは、人格を一つにまとめようとする治療が彼の内側で取っている形だった。人格たち自身は、自分が人格であることを知らない。物語の後半、審理の場でこのことが明かされ、映像は二つの筋を一つにつなぐ。

誤認は二つ重なっている。現実の出来事だと観ていたものが一人の人間の内面だったこと、別々の人間として数えていた十人あまりが一人の人間だったことである。

なお、この内面の中で誰が殺しているのかという問いは、作中で人物たちが公然と立て、作中で解かれる謎である。犯人の正体と、そこに至る偽装は作中の仕掛けで、ここでは叙述の層として扱わない。

騙しの技術

  • 二つの筋を、同じ世界の二つの場所として交互に並べる。 モーテルの場面と審理の場面を切り替えるとき、映像はどちらにも同じ現実の質感を与え、一方が他方の内側にあることを示す標識を置かない。並べられた二つの場面を受け手は同じ現実のものとして読むので、その前提だけで、内面の出来事が現実の出来事に見える
  • 内面の世界を、現実の約束どおりに撮る。 雨、事故、到着の過程を時間を遡って見せる場面、別々の事情を抱えた人物たち。モーテルの側は、夢や幻想らしい撮り方をせず、ありふれたサスペンスの舞台として描かれる。映っているのは内面で実際に起きていることで、映像は嘘をついていない。ただ、それが内面であるとは言わない
  • 人格たちに自分のことを知らせない。 モーテルの人々は自分を独立した人間だと思って行動し、互いを疑い、謎を解こうとする。受け手は彼らと同じ側に立って事件を追うので、彼らが数えない可能性(自分たちがそもそも人間でないこと)を受け手も数えない
  • 人数を、名前と顔で数えさせる。 一人一人に別の名前、別の俳優、別の来歴があり、受け手は顔ぶれの数だけ人間がいると数える。その全員が一人だということは、数え方そのものの外にある
  • 審理の側で、手がかりを隠さずに話題にする。 審理の場面では、被告人の病が初めから話題にのぼる。それでも、モーテルの筋とどう結びつくかが示されないので、受け手はそれを審理の筋の内側の情報として処理する

フェアプレイの担保

  • モーテルの人々の名前は、どれもアメリカの州の名から取られている。偶然を装った共通点として作中で気づかれるが、人々が作られた存在であることの手がかりになっている
  • 生き残った人々は、全員の誕生日が同じ日であることに気づく。その日付は、冒頭の場面でマルコムについて既に示されていた、と指摘されている
  • 殺された者の死体が跡形もなく消える。砂漠へ逃げた者が、まっすぐ進んだはずなのにモーテルへ戻ってきてしまう場面もあり、この場所が現実の地理に従っていないことを示している
  • 冒頭の診察の場面と、審理で取り上げられる被告人の病が、そのまま真相の枠組みを先に言っている
  • 一方で、題名と多重人格という題材から、早い段階で見当がついたという観客もいる

効き目

  • 種明かしの瞬間、それまで観てきた殺人事件の全体が、一人の人間の内側の出来事に置き換わる。誰が犯人かを追ってきた受け手は、問いの土台ごと外される
  • 種明かしは、人格の側の視点人物が自分の正体を知らされる場面として演じられる。受け手が付き添ってきた人物自身が、受け手と同時に足場を失う
  • 種明かしのあとも、内面の中の殺人者が誰かという作中の謎が残り、物語は止まらない。一つ目の反転を通り抜けた受け手に、もう一度別の反転が来る二段の構成になっている
  • 真相を知ってから見直すと、州の名、同じ誕生日、消える死体、戻ってくる道といった不条理が、内面の世界の規則として読める

弱点・破綻しやすい点

  • 夢の話に近い。 現実だと思っていたものが頭の中だったという解決は、何でも起こりうる世界への後退と受け取られやすい。夢オチだと評する声、後から付け足した大技に見えるという声がある
  • 題材が予告になる。 審理の場面で病の話が出ることと、題名とが組み合わさると、仕掛けの方向が読める。多重人格の語で察しがついたという感想がある
  • 種明かしの位置が早いという評。 一つ目の反転が終盤より前に来るため、そこから後は内面の世界の謎解きとして観ることになる。早く明かしすぎたという批評がある一方、それを二段目の反転への助走と見る評価もある
  • 内面の世界の論理が問われる。 十人あまりの人格がどうして一つの場所に同時に居合わせ、互いの行動を知らずに動けるのか、という論理の疑問が出る。現実の側の審理の進め方についても、真夜中の審理で判断が下るのは不自然だという指摘がある

読み返してみませんか。

仕掛けを知ってから読むと、同じ記述が別の意味で通ります。

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