仕掛けの要約【ネタバレ】
東京近郊の町で、小学生の男児を狙う誘拐殺人が続く。同じ町に住む会社員の富樫修は、小学六年生の息子・雄介の部屋で、被害者の親たちの名刺を見つける。息子が事件に関わっているのではないかという疑いが膨らみ、父親は一人で息子の行動を調べていく。物語は父親自身の一人称で語られる。
前半は、作中の現実として事件と父親の調べを描く。父親が息子の関与を疑う気持ちを、語り手が自分で妄想と呼ぶ箇所もあり、ここでの疑いは疑いとして書かれている。
後半に入ると、息子が逮捕され、家族が報道と世間の非難にさらされ、身辺が次々に崩れていく筋が、前半と同じ語り口のまま続く。読者は、前半から地続きの作中の現実として、この破局を読み進める。ところが、その筋の終わりに置かれた語り手の短い一言で、ここまでの破局はすべて、父親が頭の中で思い描いた成り行きだったと分かる。現実の時間は、前半の終わりからほとんど進んでいない。
以後、父親は別の対処を選んだ場合の成り行きを次々に思い描き、そのたびに悲劇に終わって振り出しに戻る。想像は息子の罪をめぐるものから、家族の別の秘密をめぐるものにまで広がる。事件の真相が確定する場面は最後まで置かれない。
仕掛けとして数えるのは、最初の想像を、想像だという標識を置かずに作中の現実として差し出した点である。以後の想像は同じ装置の繰り返しで、読者はすでに型を知っている。結末で真相が定まらないことは開かれた結末であって、それ自体は誤認を作らない。
騙しの技術
- 想像の始まりに標識を置かない。 父親が成り行きを思い描く場面を、思い描いていると断らずに、出来事の語りと同じ文体・同じ時制で書く。語り手は自分が想像していることを知っているが、それを言わずに語り始めるだけで、作中の事実と読まれる
- 前半と同じ形で後半を始める。 前半は各節の頭に父親の独白めいた短い語りを置き、そのあとに本文が続く形をとる。後半の最初の想像も同じ形で始まるため、前半からの続きとして読まれやすい。どこから後半なのかを目次から読み取ることも難しいとされる
- 前半で、疑いを疑いとして扱っておく。 前半の語り手は自分の疑いを妄想と呼び、裏づけを取ろうと調べて回る。慎重で自分の思い込みを疑う語り手だという印象が、後半の断りのない語りの信用を支える
- 想像の中身を、前半の材料から地続きに組む。 想像は前半で示された物証や人間関係から出発し、細部まで書き込まれるので、空想らしさがない
- 終わりで一言だけ明かす。 想像の終わりに語り手の短い反応を置くことで、それまでの長い破局が一度に想像へ反転する
フェアプレイの担保
- 前半で語り手が自分の疑いを妄想と呼んでいる。この語り手が頭の中で筋を組み立てる人物であることは、早い段階で示されている
- 単行本の刊行当時から、読みながら何か変だと感じていたという評がある。後半の筋は前半の時間からの続き方に不自然さがあり、そこに違和感を覚える読者がいる
- 想像の場面では、事件のその後に関わる人物たちの反応がことごとく最悪の方向へ振れる。悪いことしか起こらない流れそのものが、語り手の不安が生んだ筋であることの手がかりになっている、と読める
効き目
- 最初の想像が明かされた瞬間、それまで読んできた長い破局がまるごと実際には起きていなかったことになる。読者は語り手と同じく、最悪の未来を一度通り抜けたあとで振り出しに立たされる
- 想像だと分かっても、一度事実として読んだ破局の印象は消えない。以後の想像を読む間も、最初の破局が実際に起きたことのように重なって見えるという評がある。仕掛けが明かされたあとも、仕掛けの残像が読みを支配し続ける
- 二度目以降の想像でも、今度こそ現実ではないかと迷わされたという反応が複数ある。型を知ったあとも、想像と現実の境目が示されないため、どこまでが現実かを問い続けることになる
- 謎解きの代わりに、父親が真相に向き合えないまま可能性を巡り続ける心理そのものを描く構成になっている。事件の捜査や解決ではなく、内側からの物語として評価する声がある
弱点・破綻しやすい点
- 反復による目減り。 最初の想像が明かされた時点で仕掛けの型が分かるので、以後の展開が予想できてしまい、気持ちが萎えたという評がある。途中から、どうせまた想像だろうと流して読んだという感想も多い
- 想像の部分が長すぎる。 物語の時間がほとんど進まないまま想像が続くため、冗長だという不満が目立つ
- 反則という受け取り方。 想像を断りなしに事実のように書くことを、反則ではないかと感じる読者が刊行当時からいる
- 結末が定まらない。 息子が事件に関わっていたのかを含め、真相が示されないまま終わる。ミステリとしての解決を期待する読者には、逃げた、すっきりしない、と受け取られやすい
- 仕掛けの位置が早い。 最初の想像は作品の半ばで明かされる。それ以降の後半は反転の驚きではなく、想像の反復と心理の描写で読ませることになり、驚きを求める読者には肩透かしになる