仕掛けの要約【ネタバレ】
1954年、連邦保安官テディ・ダニエルズは、新しい相棒チャック・オールとともに、ボストン沖の島にある精神疾患の犯罪者のための病院を訪れ、密室から消えた女性患者レイチェル・ソランドの行方を追う。テディには、妻ドロレスを死なせた放火犯アンドルー・レディスがこの島に収容されているはずだという、もう一つの目的がある。本文は冒頭の短い手記を除いて三人称で、ほぼ一貫してテディの側から語られ、地の文も彼を「テディ」と呼ぶ。読者は、外から来た捜査官が島の秘密に迫っていく物語として読む。
真相では、テディ・ダニエルズという保安官は存在しない。彼こそが探していたアンドルー・レディス本人で、妻を射殺したあとこの病院に収容されている患者である。「テディ・ダニエルズ」はレディスが罪から逃れるために作り上げた人格であり、名前は綴り替えでできている。失踪したことになっている「レイチェル・ソランド」も、妻ドロレス・シャナルの名から作られた存在だった。相棒のチャックは保安官ではなく彼の主治医で、失踪事件と捜査そのものが、彼の妄想を内側から壊すために病院が島ぐるみで演じた芝居だった。
誤認は三つ重なっている。追う者と追われる者が同じ一人であること、プロローグの手記を書いた医師と本編の相棒が同じ一人であること、そして読者が追ってきた事件が起きていなかったことである。
騙しの技術
- 手記の書き手を本編に別名で置く。 本書は、晩年の医師レスター・シーハンが島での出来事を書き残そうとする手記から始まる。手記は、これから語るのは四人の人物の話だと述べて名前を挙げるが、挙げられた四つの名は実際には二人の人間を指している。そして本編では、シーハンは事件の夜に関わり、いまは島にいないらしい医師として話題にのぼるだけで、姿を見せないように読める。手記の書き手が本編の相棒その人であることは、最後まで伏せられる
- 地の文が主人公の名乗りに従う。 本編の地の文は、主人公が自分だと信じている名で彼を呼び、保安官としての行動をそのまま書き進める。語りが主人公の認識の外に出ないため、読者は彼の自己認識をそのまま事実として受け取る
- 作中の芝居が、そのまま読者への芝居になる。 病院の人々は彼の妄想に沿って役を演じており、作中で彼に向けられた芝居が、同じ形で読者にも向けられている。職員や患者の不自然な受け答えは、初読では病院が何かを隠している徴として、陰謀の側に回収される
- 謎の向きを外に向ける。 主人公は島の人体実験の陰謀を疑い、消えた患者と妻の仇を追う。謎が常に島の側にあるように設定されているため、捜査している本人が謎の中心だという可能性に注意が向かない
フェアプレイの担保
- 主要な人物の名前が、真相を含んだ綴り替えになっている。テディ・ダニエルズとアンドルー・レディス、レイチェル・ソランドとドロレス・シャナルは、それぞれ同じ文字の並べ替えで、作中でもそれが種明かしの根拠として示される
- プロローグの手記が、二つの名を対になったものとして呼んでいる。読み終えてから手記に戻ると、四人という数え方と名前の並びが別の意味を帯びる
- 相棒の言動に、主人公を妄想から引き戻そうとする台詞が初めから混ざっている。再読すると、捜査に協力する同僚の言葉が、治療者の言葉として読める
- 島の暗号文の中に、存在しないはずの「67番目の患者」を指す問いがあり、それが主人公自身を指していたことが後で分かる
- 一方で、主人公が精神を病んでいるという筋は型として知られており、途中で見当がついたという読者も少なくない
効き目
- 真相が明かされると、主人公の像だけでなく、それまでの島の全員の振る舞いが一度に意味を変える。敵だと思っていた者と味方だと思っていた者が、まとめて裏返る
- 捜査官が追っていた犯人が捜査官本人だったという構図が、事件の謎と主人公の悲劇とを一つにしている。驚きが、妻と子をめぐる喪失の重さに直結する
- 冒頭の手記が本編の外に置かれた枠として働き、読了後に読み返すと、書き手が誰で、何を知ったうえで書いていたのかが分かる。再読で印象が変わるという声が多い
- 結末で主人公は再び元の人格に戻り、それが何を意味するかを本文は説明しない。解決のあとにもう一段、読み手に判断を委ねる幕切れになっている
弱点・破綻しやすい点
- 主人公の妄想が真相だという型は広く知られており、精神病院という舞台そのものがその可能性を示唆する。ミステリを読み慣れた読者ほど早く見当をつけやすい
- 名前の綴り替えは原語では目につきやすい。原語の読者には最初から大きな手がかりが与えられている、という見方がある一方、翻訳ではその手がかりの見え方が変わる
- 島ぐるみの芝居という説明には、これだけの規模の演技を職員が続けられるのか、危険はなかったのかという疑問が出る
- 妄想・夢・回想が入り混じる語りは読みにくいという評が多く、手がかりが雰囲気の中に埋もれて機能しにくい面もある