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いけない

道尾秀介 / 2019 / 小説

読者が誤認するもの

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層メタ
叙述N-人物の属性N-身体的条件の隠匿
効果E-探偵は物語の外にいる

⚠️ このページは作品の核心(真相)に触れます。未読・未視聴の場合はご注意ください。

まだ読んでいない方へ。この下は真相に触れます。

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仕掛けの要約【ネタバレ】

4つの章からなる連作長編。舞台は同じ海辺の街で、章ごとに視点人物と事件が変わり、終章で前の三章の糸がまとまる。どの章も最後のページに写真や地図が1枚置かれ、本文が書かなかった真相は、その図版を読み解いて初めて見える作りになっている。

ただし、図版の働きは章によって違う。読者に特定の思い込みを持たせ、それを反転させる仕掛けが立っているのは、第一章の前半(邦夫の生死)と第三章(捜査する刑事)の二つの層である。ほかの層では、図版は作中の謎の答えを示すか、視点人物が知らないことを読者に見せるにとどまる。

第一章「弓投げの崖を見てはいけない」——邦夫は死んだのか

自殺の名所に近いトンネルで、安見邦夫の車が若者の車に追突され、邦夫は相手の男に顔を殴られる。地の文は、そのとき見た男の顔が、邦夫がこの世で見た最後のものになった、と書く。家には仏壇と遺影があり、邦夫は意識が遠のくなかで「ナオヤ」という名を繰り返していた。読者は、邦夫はこの事件で死に、残された妻の弓子と周囲の人々が復讐の連鎖に巻き込まれていく話として読む。

真相では、邦夫は死んでおらず、視力を失っていた。「最後に見たもの」は、死の言い換えではなく、文字どおり最後に目で見たものだった。遺影は幼い息子のもので、「ナオヤ」もその息子の名だった。章の後半で起きる待ち伏せの殺人は、視力を失った邦夫自身の復讐として読み直される。

同じ章の結末には、もう一つの事件がある。夜の路上で誰かが車に撥ねられるが、本文はその人物の名を書かない。最後のページの地図に書き込まれた位置と、本文の時刻や向きを突き合わせると、撥ねられたのが誰かが推理できる。

第三章「絵の謎に気づいてはいけない」——捜査する刑事が

新興宗教団体の若い女性幹部が死体で見つかり、年長の刑事・竹梨が、新人の水元と組んで捜査を進める。現場の手帳に残された絵が謎の中心になり、やがて水元も命を落とす。読者は竹梨を、新人を導きながら事件を外から調べる側の人物として読む。

最後のページの写真には、手帳の絵に白い手袋の手がペンで何かを描き足そうとしている場面が写っている。そのペンは、本文で竹梨の持ち物として描かれていたものだった。竹梨は教団の側の人間で、絵に手を加えて証拠を消し、真相に近づいた水元の死にも関わっていた。読者が事件の外にいると読んでいた刑事が、隠す側にいた。

騙しの技術

  • 死の決まり文句を、文字どおりの意味で使う(第一章)。 「この世で見た最後のもの」は、ふつう死を言い換える言い回しとして読まれる。作者はこれを、視力を失った人物の事実として書いた。書かれていることに偽りはなく、読者が慣れた言い回しの意味を補う
  • 遺影と名前で、死を補強する(第一章)。 家の仏壇に遺影があり、倒れた男が名前を呼び続ける。どちらも、本当は息子の死と息子の名を指しているが、邦夫の死を前提にした読みのなかでは、その裏づけとして働く
  • 調べる側に立たせる(第三章)。 事件を捜査し、新人を導く刑事は、事件の外にいると読まれる。本文は竹梨の捜査の動きを追いながら、竹梨が教団の側にいることを書かない
  • 真相を本文に書かず、図版にだけ渡す(全章)。 各章の本文は、真相を文章で述べない。真相は最後のページの写真や地図からしか読み取れず、読者は本文と図版を突き合わせて自分で答えを組み立てることになる

フェアプレイの担保

  • 第一章の「最後に見たもの」は、真相を知って読み返すと文字どおりの意味で通る、とする感想が複数ある。邦夫の死を明言する文はない
  • 第一章の結末の地図は、本文に書かれた時刻・位置・向きと突き合わせれば撥ねられた人物を絞り込める、と多くの考察が同じ手順で示している。著者も、本文を読んだうえで地図を眺めると最後に何が起きたかが分かる趣向だと語っている
  • 第三章の写真のペンは、本文で竹梨の持ち物として描かれている。写真と本文の描写を照らし合わせることで、絵に手を加えた人物を特定できる

効き目

  • 第一章は、冒頭の数ページで作った思い込み(邦夫の死)が、章全体の読みを決める。思い込みが外れると、復讐の主体も、殺人の手口の意味も入れ替わる
  • 第三章は、最後の1枚で、それまで捜査の案内役だった人物の位置がひっくり返る。本文の中では一度も竹梨を疑う理由が示されないぶん、写真の一撃が大きい
  • 図版で真相を渡す形式そのものが、読み終えた読者に本文を読み返させる。答えを文章で確かめられないため、考察が読者のあいだで共有される形で広がった

弱点・破綻しやすい点

  • 真相が本文で明言されないため、図版を読み解けないまま読み終える読者がいる。反転の驚きが、読み解いた読者にしか届かない
  • 図版の解釈が読者によって割れる箇所がある。第三章で絵に手を加えた人物についても、竹梨以外の人物とする考察がある
  • 第一章の結末(撥ねられたのは誰か)や、第二章・終章の図版は、思い込みを反転させるというより、作中の謎の答えを見せる働きに近い。全章が同じ型の驚きを持つわけではない

読み返してみませんか。

仕掛けを知ってから読むと、同じ記述が別の意味で通ります。

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