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鬼の跫音

道尾秀介 / 2009 / 小説

読者が誤認するもの

行為›行為の隠匿
人物›人物の属性›役割
人物›人物の属性›身体的条件
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層メタ
叙述N-身体的条件の隠匿
媒体固有T-小説/一人称の空白T-小説/記録という体裁
効果E-探偵は物語の外にいる

⚠️ このページは作品の核心(真相)に触れます。未読・未視聴の場合はご注意ください。

まだ読んでいない方へ。この下は真相に触れます。

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仕掛けの要約【ネタバレ】

6編を収めた短編集。収録作は「鈴虫」「犭(ケモノ)」「よいぎつね」「箱詰めの文字」「冬の鬼」「悪意の顔」。どの話にも「S」と呼ばれる人物(話ごとに別人)と鴉が現れるが、筋はそれぞれ独立している。多くの話で、語り手自身が罪を負った人物であることが結末で見えてくる。

この項目で扱うのは、このうち「鈴虫」「犭」「冬の鬼」の3編である。ほかの3編の反転は、ここで扱う仕掛けとは性質が異なる。

「鈴虫」——語り手は誰をかばっているか

11年前に埋められた友人Sの遺体が見つかり、刑事が語り手「私」を訪ねてくる。語り手は、Sと、Sの恋人だった杏子(いまの語り手の妻)との三人の過去を思い返す。語りには、Sの遺体を河原に埋めたのが自分だということは書かれている。しかしSの死そのものについては、誰が手を下したのかを書かない。読者は、恋敵を殺して女性を手に入れた男の告白として読む。

真相では、Sを殺したのは杏子で、語り手はその後始末を引き受け、罪をかぶっていた。題名の虫の習性(雌が雄を食う)が、結末で人物の関係に重なる。

「犭(ケモノ)」——事件を追う語り手自身が

家族のなかで出来損ないとして扱われている語り手「僕」は、刑務所で作られた椅子に彫られた文字を見つけ、それを残した受刑者Sの20年前の事件——Sが家族を殺した事件——を調べに出かける。調べの末に「僕」は、Sの事件の背景にあった家族の事情を知り、自分も家族とやり直すべきだと考える。

結末で、その「僕」自身がすでに家族を手にかけていたことが示唆される。読者は「僕」を、過去の事件を外から調べる側と読んでいたが、「僕」は同じ罪を犯した側にいた。

「冬の鬼」——逆順に並んだ日記

Sと暮らし始めた女性の、1月1日から8日までの日記で構成されている。日記は8日から1日へと日付を遡って並べられている。

読者が最初に読む8日の日記は、互いに想い合う二人の穏やかな暮らしとして読める。日付を遡るにつれて、書き手の女性が火事で顔にひどい火傷を負っていたこと、そして自分の顔を見られないように、Sに両目を取り除く手術を受けてもらっていたことが分かっていく。真相を知って8日の側へ読み返すと、だるまに目を入れるといった日記の言葉が、最初とは別の意味で通る。

騙しの技術

  • 主語を書かない(鈴虫)。 語り手は、遺体を埋めた行為には「私」を立てるが、死の場面には主語を置かない。書かれていることに偽りはなく、読者が空いた主語に語り手を入れる。告白の調子で語られる回想は、語り手が犯人であるという読みを自然に支える
  • 語り手は自分の行為を語らなくてよい(犭)。 一人称の語り手は、自分がしたことをいちいち報告しなくても不自然でない。語り手は過去の事件の調べに読者の注意を引きつけ、自分の家で何があったかは、外出の前後の何気ない描写にだけ残す
  • 調べる側に立たせる(犭)。 過去の事件を調べる人物は、事件の外にいると読まれる。Sの事件の真相が明かされる場面は、謎が解ける場面として読者の注意を集め、その陰で語り手自身の現在が見えなくなる
  • 日付を逆に並べる(冬の鬼)。 日記の書き手は、その日までのことをすべて知っている。自分の火傷やSの目のことを、毎日の日記で説明し直す必要はない。作者が日記を逆順に並べたことで、読者は事情を知らないまま、事情を知る書き手の言葉を先に読む。逆順の構成そのものは隠されていないが、何が後ろ(日付の前)に隠れているかは、読み進めるまで分からない

フェアプレイの担保

  • 「鈴虫」では、語り手が自分の行為として書くのは遺体を埋めたことまでで、殺したとは書いていない、という読みが感想に見られる
  • 「犭」では、語り手が着替える場面や外出・帰りの道中の描写が、結末を知って読み返すと別の意味を持つ、とする感想が複数ある。ただし、語り手の行為がはっきり書かれていると読むか、示唆にとどまると読むかは、読者によって分かれる
  • 「冬の鬼」では、読み終えたあと日付順に読み直すと事情がすべて通る、とする感想が多い。逆順の構成は冒頭から明示されており、読者は「遡れば何かが分かる」と知ったうえで読む

効き目

  • 3編とも、仕掛けが話の短さに見合っている。長い伏線を張らず、一つの欠落(主語・語り手の行為・身体の事情)だけで結末の反転を作っている
  • 「犭」は、過去の事件の真相が明かされる場面で一度話が閉じたように見せ、その直後に語り手の側を反転させる二段の構えをとる。読者の多くが、いい話で終わるかと思ったところで突き落とされた、という趣旨の感想を書いている
  • 「冬の鬼」は、同じ日記が、読む向きによって穏やかな恋愛の記録にも、異様な献身の記録にも読める。逆に読んだ印象と、日付順に読み直した印象の差そのものが効き目になっている

弱点・破綻しやすい点

  • 短編集の途中から「語り手が罪を負っている」という型が読める、とする感想がある。同じ型が続くと、後の話ほど身構えて読まれる
  • 「犭」は、結末が明言ではなく示唆に近いため、読者によっては語り手のしたことに気づかないまま読み終える
  • 「冬の鬼」は、逆順の構成を明示しているぶん、読者は最初から「何か隠されている」と読む。何が隠れているかまでは見抜かれにくいが、驚きの種類は予告されている
  • 「鈴虫」の結末の場面(語り手の最後の言葉)の意味は、読者によって解釈が分かれる

読み返してみませんか。

仕掛けを知ってから読むと、同じ記述が別の意味で通ります。

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