仕掛けの要約【ネタバレ】
登場人物の多くが、それぞれ身体的な条件を抱えている。
そしてその条件が、終盤まで明示されない。
語り手は盗聴を専門とする探偵で、特別な聴力を持つ。
新しく組むことになる女性は、遠くを見通す視力を持つ。
読者は、二人が「並外れて大きな耳・大きな目の持ち主」だと読む。
真相——逆である。
語り手には耳がなく、相手の女性の目は小さい。
欠けているからこそ、残った感覚が鋭くなっている。
騙しの技術
冒頭で、逆方向の解釈を刷り込む。
冒頭の会話にこうある——「犬は鼻が大きい。顔の半分が鼻だ」。
「感覚が鋭い=その器官が大きい」という枠組みが、 物語の入口で読者に渡される。
→ 以後、聴力の鋭さは「大きな耳」として、 視力の鋭さは「大きな目」として読まれる。
作り手は嘘を書いていない。犬の話をしただけである。
身体の条件を、明示しないまま進める。
語り手自身の条件も、他の人物の条件も、地の文で説明されない。
一人称であるため、自分の身体をわざわざ描写しなくても不自然ではない。
フェアプレイの担保
- 手がかりが多数、具体的に配置されている(資料が列挙している):
ある人物は「鼻が悪い」/別の人物の部屋はいつも暗い/
頭に手を乗せようとしてわずかにずれる/
足音が「その人だけ分からない」/長靴についての冗談 など
- 語り手の名の語呂遊びが、真相を示唆している
弱点——なぜ効かないのか
失敗の分析として、最も材料が揃っている一例である。
先行研究の著者が、効かない理由を4点にわたって述べている。
① 偽の真相と真相が、同じ性質のものである。
「巨大な耳」も「耳がない」も、読者にとってはどちらも身体の条件である。
→ 入れ替わっても、世界の見え方が反転しない。
叙述トリック特有の「強烈な反転」が起きない。
② 真相のほうが、偽の真相より「普通」である。
「あり得ないほど遠くを見通す目」より「小さな目」のほうが日常的。
→ 驚きは、非日常から日常へ向かうと弱くなる。
③ ミスディレクションのない人物が多い。
主要な二人以外は、偽の真相へ誘導する仕掛けが用意されていない。
ただ真相が伏せられているだけである。
→ 「隠すこと」だけでは叙述トリックにならない(観察メモ★23 の裏づけ)
④ 手がかりが多すぎて、透けている。
③の人物たちには、真相を示す伏線が随所に置かれている。
→ 隠す仕掛けがなく、手がかりだけが多い——結果として見え見えになる。
そして最悪の副作用が生じる:
読者に見えている真相を、語り手が明示しないという不自然さ。
会話ならまだしも、地の文=語り手の内面においてまで 「分かった」とだけ書いて内容に触れない。
→ 「奥歯にものが挟まったような表現」という居心地の悪さが残る。
効き目(限定的)
- 冒頭の「犬の鼻」の会話だけは、効果的だと評価されている
- 真相を伏せた「タメ」が、終盤の台詞を印象づけているという見方はできる
(⚠️ ただし作者の狙いかどうかは定かでない、とも述べられている)