仕掛けの要約【ネタバレ】
大学に入ったばかりの女子学生が、偶然知り合った女性と部屋を分け合って暮らしはじめる。ある日その同居人が姿を消し、主人公は大学の上級生と行方を追ううちに、同居人が別の名前と顔で何重もの生活を送っていたことを知る。同居人は遺体で見つかり、彼女が多重人格だったことが調べの中で明らかになっていく。本編は三部に分かれ、各部の前に、殺人に関わる「俺」の短いモノローグが置かれている。
この作品には層が二つある。同居人が何人もの人格をもっていたことは、作中の人物が調べて突き止める謎で、読者も作中の人物と同じ順序で知る。こちらは叙述の仕掛けではない。
叙述の仕掛けは、モノローグの側にある。読者は「俺」と名乗るモノローグの語り手を、本編の外にいる一人の男として読み、本編で調べを進める主人公とは別の人物と数える。真相では、モノローグの「俺」は主人公の中にいる別の人格で、主人公の兄をかたどった人格である。一連の殺人は主人公の身体で行われていたが、主人公自身はその人格の存在に気づいていない。
騙しの技術
- モノローグを、本編と別の場所に置く。 各部の前に独立した短い章として置かれることで、モノローグは本編とは別の人物の声として読まれる。作中の人物はこのモノローグを読まない。モノローグの語り手が誰かという問いは、読者にだけ生じる
- 自称が性別を告げる。 モノローグの語り手は自分を「俺」と呼ぶ。人格としてはそれが正しい自称なので、語りは嘘をついていない。読者はその自称から、語り手を男性の身体をもつ一人の人物と受け取る
- 一人称は身体を語らなくてよい。 モノローグの語り手は自分の姿を説明しないので、その身体が本編の主人公のものであることは書かれない
- 視点人物自身が知らない。 本編の主人公は自分の中の別人格に気づいていないので、本編の側からも殺人は語られない。知らないことは語られず、主人公の視点は嘘をつかずに、事件を追う側の物語として進む
- 公然の多重人格を前に出す。 同居人の多重人格が早い段階で謎として示されるので、読者の注意は「同居人の別人格は誰か」に向かう。多重人格という語が作中で明示されたあとも、調べを進める主人公自身は疑いの外に置かれやすい
フェアプレイの担保
- 各部の冒頭のモノローグに、真相に近い手がかりが描かれている、と指摘されている。真相を知ってから冒頭のモノローグを読み直すと、別の意味で読める、という感想がある
- 主人公をめぐる言い回しや小さな描写に、後から意味の分かる伏線がある、と複数の読者が述べている
- 多重人格という前提は作中で早くから明示されており、その意味でフェアだ、という評がある
効き目
- 同居人の正体を追う調べが一段落したところで、殺人の担い手が調べる側の内側にいたことが分かる。被害者の側の多重人格を追っていた物語が、加害者の側の多重人格の物語に置き換わる
- 題名の「同居人」が、部屋を分け合う人間から、一つの身体を分け合う人格へと意味を変え、さらに主人公自身にも及ぶ。題名の意味が何重にもなる、という感想が多い
- 文庫版では、作者のあとがきのあとに最後のモノローグが置かれ、読むかどうかを読者に委ねる構成になっている。最後のモノローグは主人公の中にさらに別の人格が生まれていることを示し、後味を大きく変える
弱点・破綻しやすい点
- 多重人格が公然の主題であるために、加害者の側にも同じ仕掛けがあると予想されやすい。 被害者が多重人格と分かった時点で、犯人も多重人格者で、主人公か上級生のどちらかだろうと見当がついた、という声が多い。登場人物が少ないことも、候補を絞りやすくしている
- 多重人格は「何でもあり」に見えやすい。 不審な点が人格の交代で片付けられてしまい、謎解きとしての納得が弱い、という批判が繰り返し出る
- 多重人格の人物どうしが偶然出会って同居するという設定や、年長の人物が若く見えるという設定に、無理を感じたという感想がある
- 最後のモノローグについては、それまでの設定と整合しない、新しい人格がいつ生まれたのか分からない、なくても成立する、という評と、それがあって初めて伏線が回収される、という評に分かれる