仕掛けの要約【ネタバレ】
総合病院の精神科病棟を舞台にした中編三作の作品集である。各編には病室の番号が添えられ、三編はそれぞれ別の語り手によって語られる。叙述の仕掛けは三編すべてにあり、どれも「語っている者自身が、その病室の患者である」という一点で反転する。収録作ごとに層を分けて記録する。
「夢魔の手 —三一三号室の患者—」
浪人生の「僕」が、精神科に入院している母を見舞う。母は父を殺し、「僕」にも傷を負わせたが、責任能力がないとされて入院している。「僕」は幼い頃の自分が書いたらしい日記を見つけるが、書いた覚えがなく、幼少期の記憶そのものが欠けていることに気づく。母は「僕」について驚くべきことを告げ、物語はいったんそちらの真相へ向かう。
読者は「僕」を、患者を見舞う側の人間として読む。真相では、両親を手にかけたのは「僕」自身であり、病室にいる患者も「僕」だった。見舞いの日々は、語り手の側の現実だったにすぎない。母の告げた事情は途中の偽の着地点で、真相はその先にある。
「四〇九号室の患者」
交通事故で重傷を負い、記憶を失った「わたし」が、日記をつけ始める。周囲の話から、自分は事故で死んだ男の妻らしいと分かるが、顔の傷のために確信が持てない。やがて夫に愛人がいたことを知り、自分は妻なのか愛人なのか、という問いが繰り返される。殺人の記憶もよみがえる。
読者は「わたし」を、妻か愛人か、どちらかの女性として読む。真相では、事故で生き残ったのは夫のほうだった。妻を失った衝撃のなかで、夫が自分を妻だと思い込んでいた。作中で公然と問われるのは「二人の女のどちらか」であり、語り手が女性であること自体は、語り手も読者も一度も疑わない。
「フリークス —五六四号室の患者—」
小説家の「私」が、精神科医から、ある患者の書いた小説の原稿を渡される。原稿は、醜さゆえに世を捨てた科学者が五人の子どもに人体改造を施し、地下室で責め苛んだ末に惨殺される話で、犯人は誰かという問いで終わり、解決篇がない。「私」は探偵の友人にこの謎を持ちかけ、二人で推理する。
この層は二重になっている。
- 作中作の層(作中のトリック):犯人当ての謎は、探偵役の推理によって作中で解かれる。作中作の内部で完結する謎で、それ自体は叙述の層ではない
- 外枠の層(叙述):読者は「私」を、患者の原稿を外から読む小説家として読む。真相では、原稿を書いた五六四号室の患者が「私」自身だった。作中作の怪物たちには、「私」の身体の特徴と幼時の体験が映し込まれている
- 探偵の友人が実在するのか、「私」の内側の存在なのかについては、解釈が分かれる。結末は多くを語らない
騙しの技術
- 語り手が、自分が何者であるかを知らない。三編の語り手はいずれも、自分を見舞い客・事故で生き残った妻・外部の小説家だと信じて語る。語り手が嘘をついているのではなく、語り手の信じていることがそのまま書かれるので、読者はそれを事実として受け取る。作中で語り手を欺いている人物はおらず、誤りは語り手自身の内側から出ている
- 一人称が、語られない属性を覆う。「四〇九号室の患者」の語り手は、自分が女性であることを前提に語り、それを疑う形では自分の身体を語らない。一人称の語り手は自分の性別を言わなくても不自然でなく、読者は語り手が名乗る名の側(妻か愛人か)で性別を補う
- 問いを公然と立て、その外側に真相を置く。「四〇九号室の患者」は「妻か愛人か」の二択を作中で何度も問い、読者の注意をそこに集める。真相は二択のどちらでもなく、問いの前提(語り手は女性である)の側にある。「夢魔の手」でも、母の告げる事情が一度目の着地点となり、その先に本当の着地点がある
- 他人の文書という体裁を使う。「フリークス」では、原稿が患者のものとして「私」の手に渡される。読者は、原稿を書いた者と原稿を読む者を別人として数える
- 各編には病室の番号が添えられており、三編とも、その病室の患者は語り手自身である
フェアプレイの担保
- 「夢魔の手」では、語り手が自分の書いた覚えのない日記を読む場面と、幼少期の記憶の欠落が、早い段階から示される。日記を読むくだりから、患者は語り手自身ではないかと見当をつけた読者がいる
- 「四〇九号室の患者」では、妻と愛人をめぐる周囲の証言や、二人の名前の響きの近さが、夫が生き残ったのではないかと疑う材料になる、と指摘されている。妻か愛人かの問いが繰り返されること自体が、どちらでもない可能性を考えさせた、という読者もいる
- 「フリークス」は、作中作の謎について読者への挑戦の形をとり、解決への糸口が明記されている。外枠の真相についても、作中作の怪物たちの特徴が書き手の身体と体験に重なることが、読み返すと手がかりとして読める
- 三編は同じ病棟の患者たちの話として並び、先の二編を読んでいれば、三編目の結末は見当がつく、という読者もいる
効き目
- 三編とも、語り手が「患者を見る側」から「患者その人」へ移る。病棟という舞台では、見る側と見られる側の境が反転の中心になる
- 語り手が自分の誤りに気づかないまま語るので、語りの側の作為が感じられにくい。現実と妄想の境が最後まで揺らぐ読後感が、ホラーとしての効果にもつながっている
- 表題作は、作中作の犯人当てを論理で解いたあとで、外枠をもう一段ひっくり返す。謎を解いた手応えのあとに、解いた者の足場が崩れる
弱点・破綻しやすい点
- 同じ型が三度続く。一編目で語り手が患者だったと知った読者は、二編目・三編目でも語り手を疑って読む。オチが読めたという感想は、後の編ほど多い
- 語り手の妄想として片づけられると、何でもありに見えてしまう。妄想だと分かった時点で、それまでの記述のどこまでが手がかりだったのかが曖昧になり、物足りなさを述べる読者がいる
- 「フリークス」の外枠は、結末が多くを語らない。探偵の位置づけが確定しないため、読者によって真相の受け取り方が割れる
- 「四〇九号室の患者」は、二択の問いを繰り返すほど、どちらでもない可能性に読者を向かわせる。問いの反復が、そのまま手がかりの過剰になりうる