仕掛けの要約【ネタバレ】
同じ大学に通う若者たちの周りで、連続殺人が起きる。殺人を重ねているのは、院生の一人と、彼がメールでやりとりする「i」と名乗る相手で、二人は交互に人を殺すゲームを進めている。並行して、彼の研究室の同僚の男子院生と、教育学部で教師を目指す女子学生、その周りの友人たちの日々が、何人かの視点を移りながら描かれる。
受け手はこの男子院生と女子学生を、恋人どうし、または恋人に近い間柄として読む。女子学生は彼を追うように同じ大学に入り、彼の部屋に出入りし、彼の進路を気にかけ、二人の距離はごく近い。
真相では、二人は兄と妹だった。女子学生は作中を通じて下の名前だけで書かれ、男子院生は名字で書かれるので、受け手は二人が同じ名字を持つことに気づかない。この取り違えは殺人ゲームの院生自身も持っていて、彼は女子学生を同僚の恋人だと思い込んだまま、ゲームの条件を読み違え、取り返しのつかない行為に及ぶ。その直後、彼が兄と妹の写真を見つける場面と、並行する場面で教授が兄としての同僚に話しかける場面とで、受け手は彼と同時に関係の真相を知る。
「i」の正体(院生の内にいるもう一つの人格)と、二年前の論文事件の「i」が誰だったかは、作中の人物と受け手が同じ材料から追う謎としても組まれている。この項目では、関係の誤認の層を扱う。
騙しの技術
- 一人を名字で、一人を下の名前で書く。 地の文と会話で、兄は名字で、妹は名で呼ばれる。妹の名字は真相の場面まで示されないので、二人が同じ名字を持つことは書かれないまま残る。受け手は、名で呼ばれる人物の名字をことさら気にしない
- 知っている者の視点で、知っていることを書かない。 兄も妹も視点人物として場面を受け持つ。二人とも自分たちが兄妹であることを当然知っているが、それぞれの場面の中でそのことは表に出ない。誤認を抱えている殺人ゲームの院生とは別の経路で、受け手は同じ誤りに導かれる
- 近さの描き方を、恋愛の型に寄せる。 妹は兄を追って同じ大学へ進み、兄の部屋に出入りし、兄の留学や進路を気にかける。兄が遠くへ行けば離ればなれになる、という形で二人の行く末が語られる。どれも兄と妹の話として通るが、受け手は年の近い男女の近さを恋愛の文脈で読む
- 誤認を作中の殺人者にも持たせる。 殺人ゲームの院生も同じ取り違えをしている。受け手は彼の内面を追いながら、彼と同じ前提で人間関係の図を描くので、その前提が作中で一度も疑われない。彼の誤認が悲劇の引き金になるため、関係の真相は事件の真相と一つの場面で重なって明かされる
フェアプレイの担保
- 二人の名前は対になっている。兄の名の一字と妹の名の一字が、太陽と月の対をなすように付けられていて、真相の後にその意味が説明される。名前そのものが、二人が同じ親から名を与えられたことを示している
- 殺人ゲームの院生が次の殺人の条件に指定した字を見て、妹の名字は何なのかと考え、名字が一度も示されていないことに気づいた、という読者がいる
- 二人の近さは、兄と妹として読み直しても筋が通るように書かれている。妹が兄を追って同じ大学に入ったこと、兄の進路を気にかけることは、どちらの関係でも成り立つ
- 兄が別の女子学生に好意を寄せ、妹がそれを応援している、という人間関係の図も作中にある。恋人どうしなら起こりにくい配置で、手がかりになりうる
効き目
- 関係の真相が、殺人者の取り違えの真相と同じ場面で明かされる。受け手は、自分の読み違えが作中で一人の人物を破滅させたのと同じ読み違えだったと知る。受け手が殺人者と同じ位置に立たされていたことが、悲劇の重さを増す
- 真相の後、前半の多くの場面(妹が兄の部屋にいる場面、兄の留学をめぐる会話)が、家族の場面として読み直される
- 名前の対という、作品の題やモチーフ(月・太陽・夜)とつながる手がかりが、真相の後で意味を持ち直す
弱点・破綻しやすい点
- アンフェアに近いと感じる読者がいる。 また、視点人物の兄と妹が、自分たちの関係を一度も意識に上らせないことは、知っている者の視点としては不自然に映りうる。受け手に「なぜ書かないのか」と思わせた時点で仕掛けは透ける
- 兄妹として読み直すと、二人の距離感に無理があるという感想がある。 恋人に見えるように近さを強めた分、兄妹としての自然さが削られている
- 殺人ゲームの院生が、あれほど親しい二人の関係に気づかずにいたのはあり得ない、という感想がある。作中の人物の取り違えに納得できないと、受け手の側の仕掛けも作り物に見えやすい
- 殺人ゲームの院生の内にもう一つの人格がいるという真相は、途中で察したという読者が少なくない。こちらが見抜かれると、作品全体を「仕掛けのある小説」として身構えて読む読者が増え、関係の層にも目が向きやすくなる