仕掛けの要約【ネタバレ】
北フランスの村の旧領主の館に、当主が若い妻を連れて戻ってくる。作中の説明では、当主は交通事故でただ一人生き残り、その治療にあたったセラピストと再婚したばかりである。物語は、新妻の「私」と当主の「僕」が一人称で交互に語る形で進み、章の題は月日と曜日だけで示される。
読者は二つの語りを、同じ冬に同じ館で暮らし始めた一組の夫婦の、互いの側から見た記録として読む。日付は章ごとに続いて見え、夫の章に出てくる妻を、妻の章の語り手と同じ女性だと受け取る。
実際には、二つの語りは同じ時期のものではない。夫の章は、事故と再婚より前の時期の出来事であり、そこに出てくる妻は、妻の章の語り手とは別の女性である。読者は、時期の違う二つの流れを一つの時期に重ね、その結果として二人の妻を一人の新妻に合成していたことになる。
館の地下に封じられた過去や、夫が抱える秘密、妻の目的は、物語の中で順に明かされていく。
騙しの技術
- 章の題に年を書かない。 月日と曜日だけを章の題に置くと、読者は前の章から日付が続いていると読む。二つの流れの日付は、年を除けば自然に繋がって見える
- 二人の語り手を夫婦として交互に並べる。 妻の章と夫の章が交代で置かれ、どちらも館での新しい結婚生活を語るため、読者は同じ夫婦の両面だと受け取る
- 妻の章で語り手の名を出さない。 一人称の語り手は自分の名を名乗らなくても不自然ではなく、夫婦は愛称で呼び合う。そのうえで夫の章では妻が名前で呼ばれるので、読者はそれを語り手の名だと受け取る
- 同じ館と同じ当主を両方の流れに置く。 舞台と夫が共通しているため、語りの時期が違うことを示す目印が目立たない
フェアプレイの担保
- 章の題の曜日は、作中の年として示される年の暦と合わない章がある。作中では冬季五輪に沸く場面などで年が分かるようになっており、暦を確かめた読者は、時期がずれていることに気づける
- 妻の章では語り手の名が会話に出ないのに、夫の章に移ると妻の名がはっきり書かれる。この落差に違和感を覚えたという読者が複数いる
- 章の題が日付だけであることから、時期が違うのではないかと予想できたという読者もいる
効き目
- 真相が明かされると、夫の章と妻の章の関係が全体にわたって組み変わる。再読して確かめたくなるという反応が多い
- 結末の章の手前で一度読者を混乱させ、その後の章で仕掛けを解く構成になっており、混乱が解ける瞬間に驚きが集まる
- 地下室の秘密、夫の秘密、妻の目的という、作中で追われる謎が前面に出ているため、読者の注意はそちらに向き、語りの時期そのものは問われにくい
- 仕掛けの型自体は珍しくないが、それでも気づかなかったという評が多い
弱点・破綻しやすい点
- 二人の一人称が交互に語る形式を見た時点で、叙述の仕掛けを予想して読む読者がいる。予想して読むと驚きが小さかったという評がある
- 真相の説明が終盤にまとめて置かれ、説明的すぎるという不満がある
- 夫の側の行動の理由が分かりにくく、収まりが悪いという指摘がある
- 館の地下と螺旋階段の構造が思い描きにくく、作中の殺人の状況が分かりにくいという声がある