類別叙述トリック集成

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殺戮にいたる病

我孫子武丸 / 1992

ネタバレ度:致命
メタ
叙述N-人物の属性N-人物の同一と別N-時間の順序
媒体固有T-小説/呼称の揺れT-小説/章題と目次T-小説/一人称の空白
効果E-呼称は語り手との関係を示すE-章題は物語上の位置を示すE-語り順=時系列
媒体小説

⚠️ このページは作品の核心(真相)に触れます。未読・未視聴の場合はご注意ください。

まだ読んでいない方へ。この下は真相に触れます。

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仕掛けの要約【ネタバレ】

視点人物であり犯人でもある男(稔)を、読者は別の視点人物(雅子)の息子だと読む。

実際には稔は雅子の夫であり、雅子が案じている「息子」は作中にほとんど姿を見せない別人物(信一)である。

つまり読者は、二人の男(夫と息子)を一人の人物として合成し続ける

同じ家族の話を読んでいるのに、家系図の一段ぶんズレた状態で最後まで読まされる。

騙しの技術

呼称の非対称な運用——嘘は書かず、指示対象だけを空けておく。

指しているのは同居している稔の実母。「母さん」という語自体は一度も嘘をついていない

読者は文脈上いちばん近い男=稔をそこに代入する

属性を書かないことで年齢を誤らせる——一人称の語りは、自分の年齢や職業上の立場を

わざわざ説明しない。この自然さを利用して、40代の大学教員を若い男として読ませる。

違和感として挙げられる例:自動車を所有している/講義を休講にできる立場である/

若者から年長者扱いされる場面がある。いずれも真実しか書かれていない

章題と時系列——冒頭に置かれた章が「エピローグ」と題されている。

目次の上でも最初にある。以降は「◯月・稔」「◯月・雅子」「◯月・樋口」と、

三視点の章が数ヶ月単位で前後しながら並び、終盤に向けて間隔が縮まって冒頭のエピローグへ収束する。

読者は章題の日付を頼りに時系列を組み立てようとするが、その組み立て自体が誤読を固定する

フェアプレイの担保

(ある解説は「伏線を張ること」と「思わせぶりな台詞で煽ること」は別だと指摘し、本作は前者に徹していると評価している)

効き目

正しい家族関係で読み直すと全部通る

グロテスクさが装飾ではなく、仕掛けの一部として働いている

もっと手前にある人物関係の誤りに気づかせない

弱点・破綻しやすい点

そのままでは成立しない。「実写化不可能」と評されるのはこの理由

最初から疑われうる(=現代の読者は叙述トリックの存在自体を予期している)

読み返してみませんか。

仕掛けを知ってから読むと、同じ記述が別の意味で通ります。

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