仕掛けの要約【ネタバレ】
視点人物であり犯人でもある男(稔)を、読者は別の視点人物(雅子)の息子だと読む。
実際には稔は雅子の夫であり、雅子が案じている「息子」は作中にほとんど姿を見せない別人物(信一)である。
つまり読者は、二人の男(夫と息子)を一人の人物として合成し続ける。
同じ家族の話を読んでいるのに、家系図の一段ぶんズレた状態で最後まで読まされる。
騙しの技術
呼称の非対称な運用——嘘は書かず、指示対象だけを空けておく。
- 稔の視点で「母さん」と呼ばれる人物がいる。読者はこれを雅子(もう一方の視点人物)だと読むが、
指しているのは同居している稔の実母。「母さん」という語自体は一度も嘘をついていない
- 雅子の視点では、息子は「息子」「あの子」と書かれ、名前で呼ばれない。
読者は文脈上いちばん近い男=稔をそこに代入する
- 同居している義母の存在が、明示も否定もされないまま伏せられている
属性を書かないことで年齢を誤らせる——一人称の語りは、自分の年齢や職業上の立場を
わざわざ説明しない。この自然さを利用して、40代の大学教員を若い男として読ませる。
違和感として挙げられる例:自動車を所有している/講義を休講にできる立場である/
若者から年長者扱いされる場面がある。いずれも真実しか書かれていない。
章題と時系列——冒頭に置かれた章が「エピローグ」と題されている。
目次の上でも最初にある。以降は「◯月・稔」「◯月・雅子」「◯月・樋口」と、
三視点の章が数ヶ月単位で前後しながら並び、終盤に向けて間隔が縮まって冒頭のエピローグへ収束する。
読者は章題の日付を頼りに時系列を組み立てようとするが、その組み立て自体が誤読を固定する。
フェアプレイの担保
- 嘘の地の文がない。 情報そのものは一貫して真実で、解釈だけが誘導される
(ある解説は「伏線を張ること」と「思わせぶりな台詞で煽ること」は別だと指摘し、本作は前者に徹していると評価している)
- 誤読を崩す手がかりが繰り返し置かれている(年長者として扱われる場面、大学内での立場、生活習慣の差異)
- 真相は最終盤、同居する義母の存在が露わになる場面で確定する
- 冒頭の「エピローグ」で提示された事実は、最後まで読むと同じ文章のまま意味が反転する
効き目
- 初読と再読で完全に別の小説になるタイプの代表格。誤読を前提に書かれた文章が、
正しい家族関係で読み直すと全部通る
- 猟奇的な犯行描写そのものが目を引くため、読者の注意資源が家族関係の検算に回らない。
グロテスクさが装飾ではなく、仕掛けの一部として働いている
- 章題の日付を追わせることで、読者を「時系列パズルを解いている」気にさせ、
もっと手前にある人物関係の誤りに気づかせない
弱点・破綻しやすい点
- 媒体依存が極端に強い。 顔・声・年齢が可視化される媒体(映像・マンガ・ノベルゲーム)では
そのままでは成立しない。「実写化不可能」と評されるのはこの理由
- 呼称の運用に依存するため、翻訳・他言語では家族呼称の体系が変われば崩れうる
- 家族関係の誤認そのものは古典的な型なので、身構えた読者には「一段ズレている」可能性を
最初から疑われうる(=現代の読者は叙述トリックの存在自体を予期している)