仕掛けの要約【ネタバレ】
読者が手にしている文庫本そのものが、作中で探されている原稿の答えになっている作品。
作中の層。 亡くなった人気作家の、認知されていない息子が語り手である。
父が死の間際に書いていたという、本書と同じ題の遺稿を探すことになる。
語り手は目の事情で紙の本が読めず、電子書籍でしか本を読まない。
終盤、編集者が遺稿の正体を推理で解き明かす。
遺稿は、紙の本でも語り手が読めるように組まれた小説だった。
すべての見開きで文字の位置がそろい、文字の裏には必ず文字が、空白の裏には必ず空白が来る。
紙の裏から文字が透けて見えることがないので、紙の本が読めない語り手にも読める。
遺稿の原稿そのものは作中人物の手で焼かれて失われ、語り手はそれを自分の手で書き継ぐことになる。
本の層。 読者が読んできたこの文庫本も、同じ規則で組まれている。
一文がページをまたがず、どの見開きも裏表で字の配置が一致している。
編集者の推理で語られる遺稿の特徴が、そのまま手元の本に当てはまる。
最後のページには数文字分の空白が置かれており、紙を光に透かすと、
空白に、後ろのページの文字が重なって「ありがとう」と読める。
探していた遺稿は、いま読み終えようとしている本そのものだった、と読者は知る。
読者は、作中の遺稿は物語の中の物であり、自分が読んでいる本はその遺稿を探す話を描いた小説にすぎないと考える。
また、本の組み方は内容と関係がないと考える。その二つの区別が、本の作りによって崩される。
騙しの技術
強い制約を、読みやすさとして差し出す。
すべての見開きで裏表の字の配置をそろえるという制約がありながら、本文は普通の小説として読める。
制約のしわ寄せ(改行の位置、一文がページの切れ目で必ず終わること)は、
読者には文体の癖や読みやすさとして受け取られる。
種を作中の遺稿に預ける。
組み方の原理は、作中で編集者が遺稿について語る推理として示される。
読者はそれを登場人物の持ち物の話として聞くため、それまで自分の手の中にある本に当てはめて考えない。
謎の答えを、読者のほうが先に持っている。
作中の人物は遺稿の現物を見られないまま推理する。
読者は、推理が語られる前から、その答えを満たす本を手に持って読んでいる。
答えが作中の言葉で示された瞬間に、手元の物が証拠に変わる。
最後の空白を、謎として置く。
空白は、紙の上ではただの空白として読める。透かして初めて文字が現れるので、
組み方の規則を知った読者にだけ、最後の一語が届く。
フェアプレイの担保
- 語り手が紙の本を読めず電子書籍でしか読まないことが、作中で繰り返し示されている
- 原理は作中で明かされるので、読者は自分の本を開けばその場で確かめられる
- 本文は最初から最後まで同じ規則で組まれており、結末で後から付け足されたものではない
- 本の外装と売り方が、紙の本でしか体験できないことを最初から告げている。仕掛けの中身は伏せるが、存在は隠していない
効き目
- 作中の謎解きを聞き終えた直後に、謎の答えが自分の手の中にあったと分かる。驚きが作中から本の外へ一段跳ぶ
- 読者がそれまで気にも留めなかった本の組み(ページの切れ目で文が終わること)が、そのまま仕掛けの証拠になる
- 最後の一語は、読者が紙を透かすという動作をして初めて読める。読者の手が結末の一部になる
- 語り手が紙の本を読めないという設定と、本が紙でしか成立しないことが、表裏の関係になっている
弱点・破綻しやすい点
- 仕掛けはページの組み(字数・行数・見開きの割り付け)と紙の透けに完全に依存する。組み直すと崩れ、文字を画面に流し込む形式の電子書籍では再現できない
- 売り方が紙の本でしか体験できないことを強く打ち出しているため、紙そのものに仕掛けがあると読む前に察する読者がいる。帯や紹介文がネタバレになっていると書く読者が複数いる
- 作中の謎(遺稿が語り手のために書かれたこと、父の過去の行い)の手がかりは露骨で、遺稿の性格には早く見当がつくという評がある
- 結末で、手元の本は語り手が書いたものだと読める形になるが、表紙の作者名は実在の作者であり、その食い違いが効果を弱めるという評がある
- 組みの制約のぶん、文章表現が窮屈になっているという評がある。仕掛けを除いた物語部分には消化不良を感じたという声もある