仕掛けの要約【ネタバレ】
中編小説。2001年に単独で刊行され、2008年に書き下ろしの表題作と併せた一冊(クラリネット症候群)に収められた。叙述の仕掛けはこの中編の側にあり、表題作の主な仕掛け(暗号と、人物の裏の顔)は作中の謎として解かれるもので、この項目では扱わない。
語り手は女子高校生の御子柴里美で、一人称で語る。ある朝、彼女の体は上級生の森川の意識に乗っ取られ、彼女自身は意識を保ったまま、体を動かすことも話すこともできなくなる。物語が進むと、この家系には「人を殺すと、殺された者の意識が殺した者の体に入り、体の主導権を奪う」という体質があると分かる。森川が死んだのは里美の渡したチョコレートのせいで、母親の体を動かしているのは父親の意識だった。
ここまでは作中の規則が順に明かされていく展開である。仕掛けはその先にある。里美は3歳のとき、双子のきょうだいの朋実を事故で死なせていた。規則に従えば、そのとき体の主導権は朋実に移っている。それ以来「里美」として生き、この物語を「里美」として語ってきた意識は、実は朋実だった。そして朋実は男の子である。読者が女子高校生の語りとして読んできた声は、少女の体に入った少年の声だった。
騙しの技術
- 語り手を、名乗っている人物として読ませる。 語り手は終始、里美として語り、周囲も里美として扱う。読者は語り手が名乗る名と体の持ち主を同じ人物として受け取り、語っている意識が別人である可能性を問わない
- きょうだいの性別を確定させない。 死んだ双子のきょうだいの朋実は、明かされるまで性別が決まらない。女の子の名前としても読める響きである。女の子だと受け取っていた読者が複数いる。きょうだいが女の子なら、たとえ入れ替わりを疑っても、語りの声が少年のものだとは考えにくい
- 規則を、まず他人に当てはめて見せる。 乗り移りの規則は、森川と父親という語り手以外の人物で先に示される。読者は規則を「語り手の体に起きた異変」と「家族の秘密」の説明として受け取り、語り手自身がその規則の産物である可能性は後回しになる
フェアプレイの担保
- 双子のきょうだいが幼いころに死んだことは作中に書かれている。規則が明かされた時点で、その死を規則に当てはめれば、語り手の入れ替わりは導ける。実際に、きょうだいの死の件から入れ替わりを予想した読者がいる
- 語り手は女子高校生として語るが、その語りを「少女らしくない」と感じた読者もいる。真相を知ると、その違和感は語っていたのが少年だったことで説明される
- 母親の中身が父親だったという真相が先に示されるため、同じ型が語り手にも当てはまると気づく余地がある
効き目
- 真相を知ると、一冊を通して聞いてきた語りの声そのものの持ち主が変わる。少女としてまっすぐに描かれていると思っていた人物像が、少年が少女として生きてきた結果だったと読み直される
- 語り手の取り違えが、作中の超常の規則から論理的に導かれるため、後出しの設定ではなく、すでに示された規則の帰結として受け取られる
- 体の持ち主・語っている意識・名乗っている名がずれていく構造の中で、読者が「語り手は誰か」を最後に問われる
弱点・破綻しやすい点
- 母親の中身が父親だったという真相の衝撃が大きく、その後では語り手の入れ替わりは予想の範囲内だったという評が複数ある。同じ型を二度見せることで、二度目の驚きが弱まっている
- 入れ替わりに気づいた読者にとっても、朋実が男の子だったという点は後から付け加えた設定のように感じられ、蛇足だと評されている
- 物語の主眼は、乗り移りの連鎖が次々と事態を変えていくドタバタの展開にあり、語り手の正体はその中の一段にとどまる。叙述の仕掛けとしては一冊の中心に置かれていない
- 人が簡単に死んでいく展開を軽い文体で描くため、ミステリとしての真相よりも、ブラックな喜劇としての後味のほうが強く残るという感想が多い