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螺旋館の殺人

折原一 / 1990 / 小説

読者が誤認するもの

体裁›入れ子›作中作
人物›人物の誤認›複数を一人
人物›人物の属性›立場
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層メタ
叙述N-語りの階層N-人物の同一と別N-人物の属性
媒体固有T-小説/記録という体裁
効果E-作品と現実は区別できるE-作中作の範囲は示されたとおりであるE-描かれた全部が同じ世界E-同じ名前=同じ人物
手段M-人物すり替え

⚠️ このページは作品の核心(真相)に触れます。未読・未視聴の場合はご注意ください。

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仕掛けの要約【ネタバレ】

十年新作を書いていない大御所の推理作家・田宮が、秩父の山荘にこもって、表題と同じ題の本格推理長編に取りかかる。そこへ作家志望の若い女性が自作の原稿を持って訪ねてくる。完成した原稿は担当編集者の手から失われ、やがて同じ内容の作品が新人賞を受け、盗作をめぐる争いと死が続く。作家の日記と地の文が交互に置かれ、第一部・第二部と進んでいく。読者はこれを、冒頭と結末を含めて一続きの作中の現実として読む。

仕掛けは二つの層に分かれる。

一つ目は第二部の中にある。第二部で大御所の作家として描かれる人物は、途中から作家本人ではなくなっている。作家の座にいるのは、原稿を失った担当編集者で、作家に成り代わっている。読者は第一部と第二部に出てくる「田宮」を同じ一人として読むが、実際には二人である。

二つ目は外枠である。冒頭と結末の章で描かれる田宮は、大御所の作家ではない。若いころに作家を志した素人の老人で、ミステリー講座の受講生だった。第一部と第二部は、この老人が書いて自費出版した小説の中身である。小説の中では田宮が講座の講師で、訪ねてくる女性が受講生だが、現実には女性のほうが講座の講師だった。小説の登場人物には、講座の受講生たちの名前が使われている。読者が作中の現実だと思って追っていた大御所の作家・盗作事件・入れ替わりは、すべてこの素人の書いた作品の中の出来事だったことになる。

さらにその外側に、この小説が世に出る経緯を記す層がもう一段置かれている。

騙しの技術

  • 作中作の題を本の題と同じにし、断片だけを作中作として示す。 作家が書く同じ題の原稿は、作中に断片として挿入される。読者は「作中作はこの断片だ」と受け取り、それを書いている作家の場面のほうは作中の現実として読む。作中作がはっきり見えている分、その外側も作中作である可能性は疑われにくい
  • 冒頭の章と第一部の境目に枠の標識を置かない。 冒頭の現実の田宮と、小説の中の大御所の田宮は同じ名前で、場面は切れ目なく続いて見える。読者は同じ名前の人物を同じ立場の人物として読み、冒頭の田宮を大御所の作家だと受け取る
  • 小説の中で、書き手が自分を大御所に、講師を受講生に書き換えている。 作者が地の文で嘘をついているのではなく、作中の素人の書き手が自分に都合よく立場を入れ替えた小説を、その体裁のまま読者に渡している
  • 日記という体裁を使う。 作家の日記が地の文と交互に置かれるため、読者は日記の書き手が作家本人だと受け取る。第二部の入れ替わりは、この「田宮として描かれる人物は田宮である」という読みに乗っている
  • 入れ替わりと外枠を重ねる。 第二部の入れ替わりは比較的見抜かれやすい。見抜いた読者は仕掛けを解いたと考えるが、その先に外枠の反転が控えている

フェアプレイの担保

  • 冒頭の章の時点で、田宮が講師ではなく受講生ではないか、本が自費出版ではないか、という違和感を持った読者が複数いる
  • 第一部と第二部で、作家の描写(年齢の見え方・体格・髪)が変わる。入れ替わりはこの変化から見抜けたという読者が多い
  • 終盤の種明かしでは、伏線の置かれた箇所を振り返って解説している

効き目

  • 冒頭と結末の章を読み返すと意味が変わる。読み返して納得したという反応がある
  • 入れ替わりの反転と外枠の反転が順に来るため、一度仕掛けを見抜いたと思った読者がもう一段落とされる。入れ替わりは薄々分かったが、最後には驚いたという読者が少なくない
  • 小説の中の描写の拙さや、成り代わりの無理が、外枠が明かされると「素人の書いた小説だから」という意味を持ちうる。これを巧みと見るか、逃げと見るかで評価が分かれる
  • 同じ作者の 倒錯のロンド・倒錯の死角 と共通の作品世界に属していることが最後に分かる、という指摘があり、それらの作品の姉妹編・番外編として読まれている

弱点・破綻しやすい点

  • 外枠の反転を「すべては作中の素人の小説だった」とする処理は、夢オチと同じだという強い批判がある。それまでの事件の重みが一度に消える、最後の数ページで落胆した、という反応もある
  • 成り代わりの変装に無理があるという批判がある
  • 盗作事件の筋と、叙述の核である外枠との結びつきが薄いという評がある
  • 題名から館を舞台にした本格ものを期待した読者には肩透かしになる。反転が重なりすぎて、読み終えても何が真相なのか分かりにくいという感想もある
  • 同じ作者の作品に慣れた読者や、日記の形式から仕掛けを警戒した読者には、入れ替わりは早めに見抜かれやすい

読み返してみませんか。

仕掛けを知ってから読むと、同じ記述が別の意味で通ります。

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