仕掛けの要約【ネタバレ】
落ち目の推理作家・柳生照彦が、推理雑誌の編集者・花積明日子に、犯人当てのリレー小説を持ち込む。柳生が問題編を書き、別の作家が解決編を書く企画である。ところが柳生は問題編を渡したまま姿を消し、その問題編は半年前に実際に起きた未解決の殺人事件を、関係者の実名のまま書いたものだった。
本書はこの問題編を、作中の原稿として丸ごと取り込んでいる。冒頭の企画の場面のあと、第一章は原稿であることがはっきりした形で置かれ、読者はその次の章から、花積が原稿の中身を現実の事件として調べ始める本編に戻ったと読む。花積は事件の関係者を訪ね歩き、推理を進め、犯人の見当をつけていく。読者は花積を、この作品の探偵役として追う。
実際には、その章もまだ柳生の原稿の中である。花積は柳生が書いた小説の登場人物として調べ回っていたのであり、作中の現実に戻るのは警察の捜査を描く次の章からである。原稿の終わりを一章分ずれた位置に置いて読まされていたことになる。
この取り違えは、人物の位置づけも組み替える。探偵役として読んでいた花積が犯人だった。最後に真相を突き止めるのは、それまで端役にしか見えなかった別の人物である。
騙しの技術
- 原稿であることを一度だけはっきり示す。 第一章を原稿として明示することで、読者は作中作の範囲がそこで閉じたと受け取る。明示された区切りがあるため、次の章について同じ問いを立てない
- 視点人物を本編の人物にする。 原稿の続きの章は、本編で企画を受け取った編集者の視点で書かれる。冒頭で現実の人物として登場した人が視点を担うため、読者は枠の外に戻ったと判断する
- 原稿の内容が現実と同じである、という設定を使う。 作中作が実在の事件を実名で書いたものだという前提が冒頭で与えられているので、原稿の中の出来事と現実の出来事を見分ける手がかりがもともと乏しい
- 内心も原稿の書き手のものである。 その章で描かれる花積の考えや行動は、本人のものではなく柳生が書いたものである。犯人の内心が地の文で描かれているように見えても、作者は犯人の心中を偽って書いたことにはならない
- 続きの章に枠の標識を置かない。 第二章の冒頭には、それが原稿の続きであることを示す標識がなく、文体も本編と変わらない
フェアプレイの担保
- 冒頭近くの、ある人物の所属部署をめぐる記述に違和感を覚えたが、原稿を読まされていることには結びつかなかったという読者が、別々の場で複数いる
- 中表紙には、ある推理作家に宛てて罠に注意を促す献辞が置かれており、仕掛けがあること自体は先に告げられている
効き目
- 境目が分かった瞬間に、それまでの捜査の章全体の意味が変わる。読後にその章を読み直したという反応が多い
- 作中作の範囲の取り違えが、探偵役と犯人の取り違えに直結しているため、一つの仕掛けで二つの驚きが起きる
- 作中で犯人当ての企画が進むという設定そのものが、読者を推理に参加させる。推理に集中するほど、どこまでが原稿かという問いからは目が逸れる
- 作中作の範囲をずらして本編と取り違えさせる枠組みは、のちの作品(カササギ殺人事件 など)と比べて先駆的だと評されている
弱点・破綻しやすい点
- 原稿の中で犯人が関係者に聞き取りをして回る、犯人が自分の起こした事件を原稿で読んで既視感を覚え記事を調べる、といった記述を、反則あるいはフェアでないと受け取る読者がいる。原稿の書き手がそう書いたのだと分かっても、作中の現実との対応が不自然だという不満は残る
- 原稿の書き手が事件の全貌をなぜ知っていたのかは説明されない、という指摘がある
- ひっくり返しが繰り返されるうちに、驚きのための反転に見えて効果が目減りするという評、人が死にすぎるという評がある
- 犯人の動機が終盤に短く述べられるだけで、拍子抜けしたという感想がある
- 作中作の仕掛けを念頭に置いて読む読者や、犯人像から逆算する読者には、早めに見抜かれやすい