仕掛けの要約【ネタバレ】
本作は三つの部と短い終章からなる。第一部は1935年夏の屋敷で、作家志望の13歳の少女ブライオニーが、姉セシーリアと使用人の息子ロビーの関係を誤解し、従姉妹が襲われた事件の犯人としてロビーを告発するまでを描く。第二部は1940年、戦場に送られたロビーのダンケルクへの撤退。第三部は看護師見習いとなったブライオニーが、罪を償おうと姉と恋人を訪ねる話である。
第一部から第三部までは三人称で書かれ、視点は人物ごとに移る。読者はこれを、物語の外にいる作者の語りとして読む。第三部の終わりで、ブライオニーは二人の住まいを訪ね、許されないながらも、ロビーの冤罪を晴らす手続きを約束する。読者は、引き裂かれた恋人たちが再び一緒に暮らしている、という結末を受け取る。
終章は老いたブライオニーの一人称に変わる。ここで、それまでの三つの部はすべて、作家となった彼女が数十年かけて書き直してきた小説だったと明かされる。そのうえで、作中の現実では、ロビーは撤退の途中で病に倒れて死に、セシーリアは同じ年の空襲で死んでいて、二人が再会したことも、彼女が二人を訪ねたことも一度もなかったと語られる。第三部の結末は、書き手が二人に与えた創作だった。
騙しの技術
- 書き手のいない三人称に見せる。 三つの部は複数の人物の内面に入りこむ三人称で書かれ、作中の人物が書いた文章だという枠は示されない。読者は語り手を物語の外の存在として受け取り、記述を作中の事実として読む
- 書き手を、物語の中で書く人物にしておく。 ブライオニーは最初から物語を書く少女として登場し、第三部でも原稿を書いている。書き手の候補が作中に見えているので、終章の告白は唐突な後出しではなく、見えていた人物の位置づけが変わる形になる
- 作中の原稿を、部分的に見せる。 第三部では、彼女が文芸誌に送った原稿への返事が届き、その原稿の中身は第一部の出来事と重なっている。読者はここで「少女の書いた作品が作中にある」ことを知るが、それを作中の一つの原稿として受け取り、いま読んでいる本文そのものとは結びつけにくい
- 書き手が手を入れたのは結末だけ。 終章によれば、書き手は事実を集め、できるかぎり正確に書こうとしてきた。手を入れたのは最後の再会だけなので、本文の大部分は作中の事実として読んで差し支えなく、どこからが書き換えかの手がかりが少ない
フェアプレイの担保
- 第三部の末尾には、書き手の名と、終章と同じ年・場所を記した署名が置かれている。終章を読む前に、ここまでが誰かの作品だったことは示されている
- 第三部で作中の編集者が評する原稿は、第一部の出来事を扱っている。書き手が作中にいることは、終章より前に読者の目に入る
- 主人公は第一部から、現実を自分の物語の形に作り替えてしまう子どもとして描かれている。告発の誤りそのものが、その性質から生じている
- 読み終えた読者は冒頭から読み返したくなる作りだと評されている。真相を知って読み返すと、三つの部は、罪を負った書き手が姉たちの内面を想像して書いた文章として読める
効き目
- 恋人たちの再会という結末の慰めが、終章で、取り返しのつかなかった現実の上に書き手が置いた創作へと変わる。題名の「贖罪」が、作中の少女の行いから、この本を書くこと自体へと移る
- 書き手が物語の外にいないと分かると、他の人物の内面として書かれていたものも、書き手の想像だったことになる。人物の心を見通す三人称の語りそのものが、主人公の罪(他人の心を勝手に物語にすること)と同じ形をしていたことになる
- 結末を作り替えた理由が書き手自身の口から語られるので、読者は騙されたことを、書き手の弱さや祈りとして受け取り直すことになる
弱点・破綻しやすい点
- 映画化もされた広く読まれている作品で、事前に結末を知ってしまったのが残念だったという読者がいる
- 終章の告白は、伏せていたことを書き手自身が説明する形で明かされる。叙述の仕掛けとして読むか、物語の最後の新事実として読むかで、受け取り方が分かれうる
- 最後まで書き手の妄想につき合わされたようで不満だった、という読者もいる。どこまでが事実でどこからが書き換えかの境目が曖昧になることに、不安や戸惑いを覚えたという感想もある
- 上巻の冒頭の部は展開が遅く読みにくいという声がある