仕掛けの要約【ネタバレ】
一家惨殺事件のただ一人の生き残りとなった少女が、やがて連続殺人者として死刑になるまでの生涯をたどる小説である。本編の前後に「はしがき」と「あとがき」が置かれ、本編は、ある女性が実際の事件をもとに書き遺した原稿だ、という体裁を取っている。
本編の冒頭の二章は、名前の明かされない「わたし」の一人称で、貧しく荒れた家庭に育つ小学生の少女の日々が語られる。題名とはしがきが主人公を殺人者の女性だと告げているので、読者はこの「わたし」を彼女の少女時代として読む。第三章から、その女性が名前で呼ばれ、叔母に引き取られた後の人生が始まるので、冒頭の二章はそこへ至る前史だったと受け取られる。
真相では、冒頭の二章の「わたし」は主人公ではなく、その娘である。二章に描かれる荒れた家庭の母親こそ、成長して罪を重ねた主人公自身だった。冒頭の二章は時間の上では物語のいちばん後ろ、主人公の犯罪の最後の時期にあたり、本編は娘の少女時代から始まって母の生涯へさかのぼり、終章で再び娘の側へ戻る。終章で娘が名前で呼ばれ、あとがきが原稿の書き手を明かして、二人の少女の話が一つに重ねられていたことが分かる。
騙しの技術
- 冒頭の語り手に名前を与えない。 一人称の「わたし」は自分の名を語らなくても不自然でない。主人公の名が本文に出るのは第三章からで、冒頭の二章では誰の話かを示す名が出てこない
- 題名と前書きが、語り手の名を先に渡している。 主人公は殺人者の女性だと最初に告げられているので、読者は名のない「わたし」をその人物に当てはめる。本文は一度も「わたし」がその人だとは書いていない
- 二つの少女時代を重ねられるようにしている。 冒頭の娘にも、主人公にも妹がいて、どちらの少女も家の中の刃物の惨劇で襲われる。読者は第三章より前に主人公の生家の姿を持っていないので、冒頭の二章の家庭がその空白にそのまま収まり、紹介文が伝える「一家惨殺の生き残り」の像に冒頭の惨劇が重なる
- 母親を呼称だけで書く。 冒頭の二章の母親は「お母さん」としか呼ばれず、第三章以降では同じ人物が名前で書かれる。呼び方が変わるので、二つが同じ人物だとは結びつかない
- 章の順序で時間を折る。 冒頭の二章を時間の後ろから切り出して前に置くことで、読者は語り順どおりに「少女時代 → 成長後」と並べる。時系列の誤認が、語り手の取り違えを支えている
- 原稿という体裁が省略を正当化する。 本編は作中の書き手が書いた小説なので、書き手が冒頭で自分の名を伏せても、作品の構成として通る
フェアプレイの担保
- 冒頭の二章の惨劇の場面には、襲われている最中にサイレンが聞こえ、加害者がその場で取り押さえられるという、主人公の生家の事件とは合わない細部が置かれていると指摘されている
- 冒頭に出てくる少年が終章にも出てくることが、二つの章を同じ少女の話として結ぶ手がかりになる
- 引っ越しや踏切の描写から、結末より前に気づいたという読者がいる。注意深く読めば細部の食い違いから冒頭の書き手が主人公でないと分かる、とする評もある
- 冒頭の二章を主人公の話だと思ったままでも、そのまま読み通せてしまう構成でもある。読み違えたままで物語が破綻しない
効き目
- 一人の女性の転落の物語として読んできたものが、終章で母と娘の二代の物語に組み変わる。冒頭の少女に向けていた同情が、娘を虐げる母親の姿へとつながり直す
- 暴力と貧しさが親から子へ繰り返される、という主題そのものを、二人の少女を一人と読ませる構成が体現している。取り違えが成立するほど似ていることが、そのまま主題の証明になる
弱点・破綻しやすい点
- 語り手の取り違えが分かっても、物語の意味や印象はあまり変わらず、衝撃は小さかったとする評が複数ある。主人公の生涯の中身が反転するわけではないので、真相が明かされても世界の見え方が大きくは変わらない
- 同じ結末で、叔母が事件の黒幕だったことも明かされる。こちらのほうが驚きが大きかった、取り違えに気づきにくいのはこのもう一つの結末があるからだ、という受け取り方がある。二つの真相が同時に出るため、構成の仕掛けが目立たない
- あとがきが仕掛けと構成を説明してしまう点に、苦笑したという読者がいる
- 冒頭の二章が誰の話かについて、読者の間で読みが割れている。仕掛けに気づかないまま読み終える読者もいる
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