仕掛けの要約【ネタバレ】
本作は三つの章でできている。第一章は、記憶の衰えた「ぼく」の一人称で、「ユキ」という女性に世話をされて暮らす日々が語られる。「ぼく」の頭には、ときおり14年前に法螺貝のような形の館・梵貝荘で起きた殺人事件の記憶がよぎる。そこへ石動戯作と名乗る男が訪ねてきて、ユキを困らせる。ユキを守ろうとした「ぼく」は、男を殴り殺してしまう。
第二章は二つのパートが交互に進む。一つは、1987年の梵貝荘事件を、作中の作家・鮎井郁介がシリーズ探偵・水城優臣の最後の事件として書いた小説である。もう一つは2001年の現在で、シリーズ探偵の石動戯作が、この事件の推理に誤りがあったのではないかという依頼を受けて関係者を訪ね歩く。読者は第一章を、この調査の結末、つまり石動が梵貝荘で殺される場面として読む。
第三章で、読者の組み立てた像が三か所で崩れる。
殺されたのは石動ではなかった
石動は生きている。殺されたのは、石動の名刺を使って石動を名乗り、ある家を訪ねていた鮎井郁介だった。事件の場所も梵貝荘のある鎌倉ではなく、金沢の別の家だった。
「ぼく」は誰か
記憶の衰えた「ぼく」は、梵貝荘の主の老人ではなく、その次男の瑞門誠伸だった。年老いた館の主も同じ病を患っており、読者はそちらを「ぼく」と重ねていた。
名探偵は女性だった
鮎井の小説の中で男性として描かれる名探偵・水城優臣は、実在の女性探偵だった。鮎井は彼女の名の一字を替え、男性の名探偵として小説に書いていた。彼女は事件のあと誠伸と結婚して探偵をやめ、第一章で「ぼく」を世話していたユキがその人だった。
なお、14年前の事件そのものについての名探偵の推理は覆らない。
騙しの技術
作中作の書き手が性別を書き換える。 名探偵が男性であることは、作中の作家の小説の中で書かれている。作品の地の文が嘘をついているのではなく、作中の書き手が事実を作り替えた文章を、その体裁のまま読者に渡している。しかも小説の他の部分は現実の事件とよく一致しているので、読者は名探偵の像だけが書き換えられているとは考えない。
作中の読み手も同じ像を持っている。 現在のパートの石動は鮎井の小説の愛読者で、名探偵を男性だと思って調査を進める。読者の読みが、作中の読み手によって追認される。
名前を借りた人物を、本物の名前で語らせる。 第一章の「ぼく」は訪ねてきた男を、男が名乗ったとおりに石動と呼ぶ。「ぼく」は嘘をついていない。読者はその名前から、シリーズ探偵本人だと受け取る。
二つの訪問を重ねて描く。 現在のパートで石動が梵貝荘を訪ねる場面と、第一章で偽の石動が別の家を訪ねる場面は、交わされる会話や家の中の様子がよく似ている。そこに、同じ病を持つ二人の人物、同じ読みの名を持つ二つの寺が重ねられ、読者は二つの家を一つの場所として読む。
「ぼく」の素性を語らせない。 第一章は記憶の衰えた語り手の、断片的で詩的な語りで進む。年齢も名前も確かに示されないため、読者は第二章に出てくる同じ病の老人に語り手を当てはめる。
再調査の謎を前面に出す。 読者の関心は「14年前の推理は誤っていたのか」に向けられる。名探偵の性別や、第一章の場所と人物は、問いとして立たない。
フェアプレイの担保
- 第一章の「ぼく」は、周囲から年齢に合わない病だと言われている。年老いた館の主には当てはまらない言葉である
- 14年前の事件で、名探偵がある女性を疑わなかったことには理由がある。現在のパートで石動が関係者に部屋割りを確かめていく過程が、名探偵も女性であれば説明がつくことへの手がかりになっている
- 二つの寺は読みが同じでも表記が違い、二つの家の訪問の場面にも細かな違いが仕込まれている、と指摘する評がある
- 第一章は、真相を知ったあとに読み返すと別の場面として通る。プロローグとして読んだ章が、時間の上では物語の最後の出来事まで含んでいたことも分かる
効き目
- 一つの真相の開示が、そのまま次の反転につながる。殺されたのが石動ではないと分かったあと、読者は「ぼく」を誰と読み直すかを迫られ、そこで名探偵の性別が明かされる。立て続けに像が崩れることへの驚きを語る評が多い
- シリーズ探偵が序盤で殺される、という異例の展開そのものが読者の関心を引きつけ、仕掛けの在りかを隠している
- 第一章の意味が読後に大きく変わる。記憶を失っていく人物と、その人を世話する人物の物語として読み直され、印象がまったく変わったという感想が見られる
- 名探偵の性別の書き換えには、作中の作家が女性であることと名探偵であることを両立させたくなかった、という理由が与えられている。仕掛けが、名探偵という存在をめぐる作品の主題と結びついている
弱点・破綻しやすい点
- 二つの家への訪問がほとんど同じように描かれることについて、偶然が重なりすぎている、アンフェアだという評が複数ある
- 性別の仕掛けは、同じ作者の ハサミ男 などで知られた型であり、警戒して読んだ読者には予想されうる。読んだことのある型なのに騙された、という反応と、性別を入れ替える仕掛けはもう成立しにくいという評の両方がある
- 過去の事件の作中作、現在の調査、記憶の衰えた語り手の章が入り組み、構成を整理しながら読まないと分かりにくいという声がある。どちらの人物が病を患っていたのか読後も分からなかった、という読者もいる
- 作中作の謎解きそのものは平凡だという評もあり、仕掛けの重心が全体の構成の側にある