仕掛けの要約【ネタバレ】
作家で探偵役の主人公が、東京で起きた女性の殺人を追う。被害者は顔を焼かれ、小さな鍵を飲み込んでいた。同居していた高校以来の親友が姿を消して手配されるが、やがて京都で死体で見つかる。探偵役の章は三人称で書かれる。その合間に、「きみ」を主語にした二人称の章が挟まる。「きみ」は京都の雑踏で、高校の同級生だった女性に名前を呼ばれて再会し、交際を始める。
読者は、「きみ」の章の男を、再会の場面で呼ばれた名前の人物、つまり二人の女性が高校時代に思いを寄せた同級生として読む。探偵役の章で事件の背景が見えてくると、その同級生が事件の中心にいることが分かり、読者は「きみ」の章を、その同級生の側から事件を内に見ている章として受け取る。
真相では、その同級生は物語が始まる前に既に亡くなっていた。「きみ」は、同級生の双子のきょうだいだった。呼ばれた名前を訂正せず、その名のまま相手と付き合い続けていた。二人称で書かれているため、「きみ」の章は一度も男を名前で指さず、男が自分を誰だと知っているかにも触れない。三人称なら避けられない名指しを、人称の選び方で避けている。
相手の女性の側にも、同じ形の偽りがある。彼女は再会の場面で親友の名前で呼ばれ、それを訂正せず、親友の名を名乗ったまま関係を続けていた。名を取り違えられたまま訂正しなかった二人が、互いに相手を別人だと思って付き合っていたことになる。
本項目が叙述トリックとして扱うのは、「きみ」の正体の層だけである。被害者と親友の名前の入れ替わり、被害者の残した日記の読み解き、探偵役の推理が二度覆される多重の解決は、探偵役と読者が同じ資料を同じ順で受け取る作中の謎で、ここでは扱わない。日記は作中で見つかった文書として、探偵役が手に入れたところで読者にも示される。
騙しの技術
- 二人称は、主語を名指ししなくてよい。 「きみ」の章の地の文は、男をずっと「きみ」と呼ぶ。名前を書くかどうかを選ばなくて済む形式なので、名前を書かないことが不自然にならない。三人称で書けば、地の文は男を本当の名で呼ぶか、同級生の名で呼ぶ(嘘になる)かを選ばされる。二人称はその選択を消す
- 名前は作中の人物の口から渡す。 男の名前として読者が受け取るのは、再会の場面で女性が呼んだ名前である。地の文は名前を書かず、作中の人物の呼びかけだけが名前を運ぶ。地の文は偽らず、読者は「呼ばれた名前がその人の名前だ」という前提で同定を済ませる
- 作中の取り違えと、語りの形式が同じ向きに重なる。 女性が男を同級生だと思ったのは、顔が同じだったからである。読者が男を同級生だと思ったのは、呼ばれた名前と、名指しを避ける語りのためである。同じ誤った同定が、作中の人物と読者に別々の経路で届く(さよならドビュッシー と同じ重ね方を、一人称ではなく二人称で行っている)
- 相手の女性の偽りと対にする。 女性の名の偽りは、探偵役の章で、被害者の日記を通して先に解かれる。男の側の偽りは、その後に明かされる。名前を偽った二人が対になる構造は、読者にも作者の意図として受け取られている
フェアプレイの担保
- 冒頭の二人称の一節が、名前を持たない「きみ」が、物語が始まったときに過去と名前を取り戻す、という趣旨で書かれている。読み終えてから、名前を呼ばれて手を振り返すまでの冒頭の場面を読み返した、という読者がいる
- 題名の「二」に、二人称・名前と実体の分離・双子という複数の意味が重ねてある、と読む評がある
- 探偵役の調べで、同級生が既に亡くなっていることが真相の前に判明する。ここで「では『きみ』は誰か」という問いが立ち、真相の手前に一段の予告が置かれる
- 「きみ」の章が名前を一度も書かないこと自体が手がかりで、中盤で気づいた、と書く読者がいる
- 「タイトル、二人称、誤認」という手がかりから直感的に真相に届く、という評もある。論理的に推理しきるのは難しい、という評と並んでいる
効き目
- 真相が明かされると、二人称の章の全体が、他人の名前を引き受けて生きた男の章として読み直せる。「きみ」は他人を指す呼びかけでありながら、男自身でもある、という二重性が、人称の選択に意味を与える
- 名前を偽った二人が互いを取り違えたまま付き合っていた、という対称が見え、題名の「二」と、悲劇という語が一つの像に収まる
- 二人称の章が読みにくいという感想が多いが、結末でそれが伏線として回収されることで、読みにくさに理由があったと受け取る読者もいる
弱点・破綻しやすい点
- 双子という真相への反発。 推理小説の約束事で避けるべきとされる種類の真相だ、という批判がある。同級生が亡くなっていたと分かった時点で、双子だろうと予想した、という読者もいる
- 二人称の仕掛けが見抜かれやすい。 名指しを避けるための二人称だと中盤で気づいた、という読者がいる。二人称という形式が目立つため、仕掛けの存在を予告してしまう
- アンフェアだという評。 二人称に関する仕掛けは反則に近い、トリックは多少アンフェア、という評がある。伏線は張られている、という評と並ぶ
- 二人称の章の読みにくさ。 会話も動作も少ない内省的な文体で、読者が感情移入しにくく、斜めに読んでしまったという感想が多い。読み飛ばすと仕掛けの手がかりも読み飛ばす
- 偶然に頼る展開が多い、という批判がある