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さよならドビュッシー

中山七里 / 2010 / 小説

読者が誤認するもの

人物›人物の誤認›入れ替わり・複数を一人
人物›人物の隠匿›視点人物の隠匿
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層複合
叙述N-人物の同一と別N-語り手の正体
媒体固有T-小説/一人称の空白T-共通/語り手の信頼性
効果E-一人称は同一人物E-語り手は名前で示された人物E-語り手は正直
手段M-人物すり替え

⚠️ このページは作品の核心(真相)に触れます。未読・未視聴の場合はご注意ください。

まだ読んでいない方へ。この下は真相に触れます。

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仕掛けの要約【ネタバレ】

ピアニストを志す少女が、資産家の祖父の家で、同い年の従姉妹と暮らしている。従姉妹は海外で育ち、災害で両親を失って引き取られた。ある夜、祖父の離れが火事になり、祖父と少女の一人が死ぬ。生き残った一人は全身に重い火傷を負い、皮膚の移植と顔の再建を経て、ピアノで再起しようとする。物語は「あたし」の一人称で語られる。

読者は、冒頭の章から語り続ける「あたし」を一人の少女として読み、火事を生き延びて再起する語り手を、冒頭の章の語り手と同じ人物だと受け取る。周囲の人物も、生き残ったのはこの家の娘のほうだと信じている。

真相では、火事で死んだのはこの家の娘のほうで、生き残ったのは従姉妹だった。冒頭の章の「あたし」と、病院で目覚めてからの「あたし」は別の人物である。火事の夜、二人は寝る部屋と寝間着を取り替えていた。生き残った従姉妹は、自分が誰であるかを知りながら、それを家族に告げず、亡くなった娘として生きることを選んでいた。語りはそのことを書かない。

もう一つ、物語の途中で娘の母親が石段から落ちて死ぬ。語り手はこの死の場に居合わせ、母親は娘が別人だと気づいていた。語りは、この場面での自分の関わりを伏せたまま進む。終盤、ピアノの指導者が、語り手の正体と母親の死の経緯を本人に告げる。

命を狙う嫌がらせの犯人や遺産をめぐる動機の推理は、作中の人物と読者が同じように追う作中の謎で、本項目では扱わない。

騙しの技術

  • 章の切れ目で、語り手が黙って替わる。 冒頭の章の語り手は本当にこの家の娘で、従姉妹は三人称で描かれる。火事の後の章から、同じ「あたし」のまま、語り手が従姉妹に替わる。一人称が同じで、二人は年齢も背格好も似ているという設定が置かれているため、読者は替わったことに気づかない
  • 一人称の語り手は、自分が誰かを言わなくてよい。 火事の後の語り手は、自分が従姉妹であることを知っているが、地の文ではそれに触れない。周囲の人物が語り手を娘の名で呼び、語り手はそれを訂正しない。読者は、周りがそう呼ぶ人物として語り手を受け取る
  • 呼び方を避ける。 会話の中では、語り手は娘の両親を父・母として呼ぶ。地の文では、母親を指すときに親子関係を示す語を使わず、ぼかした言い方で済ませている、と指摘されている。会話は作中の人物に向けた振る舞いで、地の文は読者にだけ渡る語りなので、ここで語りは偽らずに済んでいる
  • 作中の取り違えと、語りの継続が重なる。 家族が娘だと信じたのは、寝間着と火傷のためである。読者が娘だと信じたのは、冒頭の章から一人称が途切れずに続いたためである。同じ誤った信念が、作中の人物と読者に別々の経路で届いている
  • 自分の関わった死を語らない。 母親の死の場面で語り手が何をしたかは、語りの中で詳しく書かれない。語り手が自分の行為を伏せる型(アクロイド殺し)と同じ資源を、語り手の正体の仕掛けの上に重ねている

フェアプレイの担保

  • 冒頭の章に、娘の好物と、従姉妹が育った土地の食習慣の違いが書かれている。火事の後、語り手が食べ物で見せる反応が、真相を知ると従姉妹のものとして読める。複数の読者がこれを最も分かりやすい手がかりに挙げる
  • 火事の直前に、二人が部屋と寝間着を取り替える場面がある。入れ替わりを示唆する場面として読み返せる
  • 語り手が肉親を失ったばかりだと語る言い回しが、祖父の死ではなく、従姉妹が災害で両親を失ったことを指していた、という読み方ができる
  • 火事の後の語り手が、葬儀に立ち会うのは初めてだと語る場面がある。冒頭の章の語り手なら、前の年に身内の法事に出ているはずだ、という食い違いが指摘されている
  • 手の使い方の癖(片方の手を不浄とする習慣)が、母親が娘を別人だと気づくきっかけとして置かれている
  • 地の文が母親を親子関係の語で呼ばないことは、注意深い読者には違和感として残る。手がかりとも、不自然さとも受け取れる

効き目

  • 結末で、物語の全体が別の少女の物語に変わる。読者が応援してきた再起は、もともとピアノの実力があった娘のものではなく、従姉妹が不自由な指で成し遂げたものだったと分かり、そこで感動が深まるという読み方がある
  • 語り手の苦しみの描写が、真相を知ると、自分の名を捨てて他人として生きる苦しみとして読み直せる。読み返すと言葉の意味が違って見える、と述べる読者が多い
  • 生き残った語り手が自分の正体を知っていながら書かない、という形のため、真相が明かされると、語りの全体が、秘密を抱えた者の告白に近いものへと意味を変える
  • 音楽小説・スポ根としての読みどころが厚く、仕掛けに気づいていても楽しめた、という感想が多い。仕掛けの成否に作品の価値が依存しきっていない

弱点・破綻しやすい点

  • 見抜かれやすい。 火事で遺体の判別が難しく、生き残りが寝間着で身元を判断された、という設定そのものが入れ替わりを予告している、と書く読者が多い。同じ型の古典的な作品を思い出したという声もある
  • 一人称の不自然さ。 語り手が火事で死んだ相手のことにほとんど触れない、母親の死に実感がわかないと語る、育った環境に合わない語彙を使う、といった点が、真相の前から違和感として目立つと指摘されている。地の文が母親を親子関係の語で呼ばないことも、他の家族は普通の呼び方をしているため、かえって目立つ
  • 伏線の一部が成立していない、という批判。 首を傾げる癖の向きが真相の前の場面では書かれておらず、解決の場面で初めて方向が示される、という指摘がある。移植した皮膚で匂いの違いに気づくのは無理がある、という指摘もある
  • 自分の関わった死を書かないことへの反発。 一人称の語り手が、母親の死の場面での自分の振る舞いを伏せることを、アンフェアと受け取る読者がいる
  • 母親の死が殺人だったのか、もみ合いの末の転落だったのかは、読者の受け取り方が分かれている。語りが場面を詳しく書かないことが、この揺れを生んでいる

読み返してみませんか。

仕掛けを知ってから読むと、同じ記述が別の意味で通ります。

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