仕掛けの要約【ネタバレ】
浪人中の娘が、父とともに、伯父が持っていた小さな島を訪れる。島のリゾート開発のために集まった関係者は九人。翌朝、関係者の一人が殺され、戒律を記した紙片が見つかる。島から出てはならない、犯人が誰かを知ろうとしてはならない——破れば島に仕掛けられた爆弾を起爆する、と。残された者たちは、姿の見えない犯人に従いながら島で過ごすことになる。物語は終始、この娘の一人称で語られる。
読者は語り手を、事件の外側にいて、何も知らないまま戒律に従っている一人として読む。語り手は同室で寝ていた女性のアリバイを証言し、その女性は容疑の外に置かれる。やがてこの同室の女性が、別の人物を犯人とする推理を示し、一同はそれに納得する。
真相では、犯人は同室の女性だった。そして語り手は、最初の夜、その女性が部屋を抜け出して凶器を持ち歩くのを見ていた。語り手は初めから犯人を知っていた。アリバイの証言は偽りで、犯人が誰かを知ろうとしない、という戒律を守り、爆破を防ぐためのものだった。語り手は最後になって、自分だけはずっと知っていたと地の文で明かす。
作中の推理(爆弾を持ち込んだ者たちの計画、偽の犯人の死の偽装、足跡の解釈)は、作中の人物と読者を同じように欺く作中の仕掛けで、本項目では扱わない。
騙しの技術
- 一人称の語り手が、自分の見たものを語らない。 最初の夜の場面で、語り手は同室の女性が出ていったことにも、何を持っていたかにも触れない。それ以後も、犯人について語り手が何を考えているかは書かれない。一人称の語りでは、語り手が何を考えていないかは目立たない
- 語らないことに、作中の理由がある。 犯人を知ろうとしてはならない、という戒律が島全体を縛っている。語り手が犯人について考えない、あるいは考えていても書かないことが、この戒律のもとでは自然に見える。沈黙そのものが、従順な参加者の振る舞いとして読める
- 作中の偽証が、読者への証言を兼ねる。 語り手は他の人物たちに、同室の女性はずっと隣で寝ていたと証言する。作中の人物はこれでその女性を容疑から外す。読者は、語り手の地の文が何も付け加えないので、語り手自身もそう信じていると受け取る。作中の人物が受け取るのは偽証だけだが、読者はそれに加えて、語り手の沈黙を受け取る
- 語り手の役回りを取り違えさせる。 読者が思う語り手の位置は「事件を見ている、何も知らない参加者」である。実際の位置は「犯人を知りながら、戒律のために黙っている目撃者」だった。同じ証言、同じ従順な振る舞いが、この取り違えで意味を変える
- 語り手が犯人で、そのことを書かない型(アクロイド殺し・終りなき夜に生れつく)とは違い、本作の語り手は犯人ではない。知っていて書かないのは、自分のしたことではなく、自分が見たものである
フェアプレイの担保
- 同室の女性が、寒い朝に汗をかいた服を着替えていた場面が、真相の前に書かれている
- アリバイを説明する場面で、同室の女性が怪訝な表情を見せる。自分にアリバイがあると証言されて戸惑う顔として読み返せる、と指摘されている
- 語り手が父親に同室の女性の潔白を話す場面は、真相を知って読み返すと、犯人への間接的な服従の表明として読める
- 作中の手がかり(足跡の消え方、遺体を包んだシートの結び方など)は、偽の推理と真の推理の両方に使われ、作中の謎解きとしては手がかりが置かれている
- 一方で、語り手の地の文が犯人について一切触れないことを、アンフェアだと受け取る読者は少なくない。戒律が縛るのは口に出す言葉までで、語り手の内心を伏せる理由にはならない、という批判である。これに対して、一線は越えていない絶妙な書き方だと評価する読者もいる
効き目
- 結末で反転するのは、犯人が誰かだけではない。語り手が初めから知っていたと分かることで、物語の全体が、何も知らない参加者の記録から、秘密を抱えたまま従い続けた者の記録に変わる
- 真相を知って読み返すと、語り手の証言・沈黙・父親とのやりとり、同室の女性とのやりとりが、二人のあいだの無言の駆け引きとして読める、と多くの読者が述べている。再読の楽しみがはっきりある作品として挙げられる
- 戒律という作中の設定が、語りの沈黙をそのまま支えている。題名の装置と、語りの仕掛けとが同じ一点で結びついている
- 犯人当ての推理劇を読んでいるつもりの読者に、推理の外側から反転が来る。推理が当たっていても、語り手の位置までは当てにくい
弱点・破綻しやすい点
- 犯人そのものは見抜かれやすい。 犯人が初めから怪しい、隠そうともしていない、と書く読者が複数いる。語り手の偽証で容疑から外していても、同室の女性の言動が目立つため、犯人当ての層は透けやすい。これらの読者は叙述の仕掛けを予期して読んだとは書いておらず、推理劇として読んでの感想である。ただし犯人が見抜かれても、語り手が知っていたことまで見抜かれるとは限らない
- 語り手の沈黙に、なぜ書かないのかという疑いが向く。 一人称で、しかも目撃していながら、その後に一度も犯人のことを考えない語り手は、真相が明かされたときに「伏せていた」と強く感じられる。戒律による説明を受け入れない読者には、作者の都合と映る
- 作中の推理の側に、偽の犯人がその後どうやって生き延びるのかといった、論理の穴を指摘する声がある。偽の推理が弱いと、それを受け入れる一同と、黙っている語り手の両方が不自然に見える
- 動機が自己保身で、真相の説得力が弱いという感想もある