仕掛けの要約【ネタバレ】
人気企業の最終選考に残った六人の学生が、内定者一人を自分たちの話し合いで決める課題に臨む。会場で見つかった封筒から、一人ひとりの過去を暴く告発文が次々に出てきて、話し合いは告発の犯人探しに変わる。第一部はこの選考の一日を、参加者の一人の視点で語る。その合間に、八年後に当時の参加者へ行われたインタビューが差し込まれる。第二部は、内定を得て入社した別の参加者の視点で、八年後に事件を調べ直す。
この作品には、仕掛けの層が三つある。
- 告発文の層(作中の仕掛け):告発文を用意したのは参加者の一人で、作中の人物も読者も、同じ封筒を同じ場で受け取って同じように疑う。告発の中身の裏にあった事情は、第二部の調べ直しで新しい事実として明かされる。この層は作中の騙しであり、それだけでは叙述の仕掛けではない
- インタビューの聞き手の層:第一部は語り手が当時の真相を知りたいと述べる前書きで始まり、その後のインタビューの聞き手は名前で示されない。読者は、第一部の語り手が八年後に調べて回っているのだと受け取る。実際の聞き手は、内定を得た別の参加者だった。インタビューを受ける人物たちは誰が聞いているかを知っており、作中で取り違えている者はいない
- 身体の条件の層:内定を得た参加者には、学生時代の事故で足に障害が残っていた。このことは終盤まで書かれない。参加者たちは彼女の足のことを知っていて、それに合わせてふるまう。電車の優先席に先に座る、障害者用の区画に車を停める、歩く速さを合わせる。障害を知らない読者には、前の二つは無神経なふるまいに見え、告発文が作った悪い印象を補強する。障害が明かされると、同じ場面が気遣いとして読める
騙しの技術
- 前書きの署名と、聞き手の名を書かない記録:インタビューの断章は、相手の名を見出しに掲げ、聞き手が誰かを記さない形で置かれている。その前に第一部の語り手の名で調査の意図を述べた文が置かれているので、読者は聞き手をその語り手と結びつける。語り手は嘘をついていない。前書きは語り手自身の調べについて述べたもので、後の断章がそれだと書いてあるわけではない
- 作中の全員が知っている事実を、読者にだけ渡さない:身体の条件は、作中の誰にとっても秘密ではない。告発文の層とちがい、ここでは作中で騙されている人物がいない。障害を知らないのは読者だけで、それを作るのは、一人称の語り手が気づかいの理由を書かないことと、聞き手を伏せた記録が聞き手の身体を描かないことである
- 作中の騙しの上に置く:告発文が参加者を疑わしく見せているところへ、優先席や駐車の場面が来る。読者はそれを人柄の証拠として読み、告発の印象と同じ向きにそろえる。作中の騙しが、読者だけの誤読の受け皿になっている
- 一つの条件で、複数の人物の行動の意味が変わる:伏せているのは一人の身体の条件だけだが、その人のまわりでふるまう複数の人物の場面が、まとめて意味を変える(夜歩く・鴉 と同じ型)
フェアプレイの担保
- 第一部の地の文に、語り手が歩く速さを彼女に合わせ、ほかの学生にもゆっくり歩こうと声をかける一文がある。理由は書かれていないが、障害を知って読み返すと、その意味が分かる、と指摘されている
- 優先席と駐車の場面は、どちらも障害が明かされる前に本文に出ている。駐車の場面はインタビューの断章の中にある
- 聞き手の正体は、インタビューの断章の中で、受け手の側の人物が聞き手を名指しすることで分かる、と読む読者がいる。第二部の初めで分かると受け取る読者もいて、どの時点で気づくかには幅がある
- 告発文の層については、写真の撮影場所と移動時間、酒の銘柄の扱いといった作中の手がかりから、作中の人物が犯人を絞り込む。これは作中の推理であり、上の二つの層とは別に置かれている
効き目
- 第二部で聞き手が別人と分かると、第一部で語り手の行く末として読んでいた八年後の像が、そのまま別の人物のものになる。誰が内定を得たのかという第一部の問いの答えも、ここで読者の想定とずれる
- 身体の条件が明かされると、告発文に引きずられて「悪い人間」と見ていた参加者たちの場面が、まとめて裏返る。告発された人物にも別の面があったという作品の主題が、作中の調べ直しだけでなく、読者自身の読み違いとして体験される
- インタビューの断章全体が、登場人物を実際より悪く見せる働きをしていると評されている。告発の層の反転と、叙述の層の反転が、同じ方向(悪人に見えた者が、そうではなかった)に重なる
弱点・破綻しやすい点
- 作中の反転と叙述の反転が混ざって見える:告発の裏の事情は第二部で新事実として出てくる。読者には、身体の条件の反転もそれと同じ後出しの一つに見えやすい。本文に伏線があっても、驚きの大半が新事実の側に吸い取られ、叙述の仕掛けとして意識されにくい
- 聞き手の伏せ方は、気づきやすい:記録が聞き手を一度も名指ししないこと自体が、慣れた読者には合図になる。聞き手が明かされる時点に幅があるのも、隠し方が強くないことの表れと読める
- 映像化で失われた:映画版では身体の条件の設定が採られていない、と原作との違いを述べる読者がいる。この層は、地の文と記録の書き方に依存していて、人物を画面に映す媒体には移しにくい