仕掛けの要約【ネタバレ】
章は「過去」(一年前の事件)と「現在」(その一年後)が交互に置かれる。過去の章は三人称で書かれ、仮面をつけた館の主人が誰であるかを地の文がはっきり示す。現在の章は、仮面の主人自身の一人称「私」で書かれ、語り手は地の文で自分の名を言わない。
読者は二つの章を重ね合わせ、現在の「私」を、過去の章の仮面の主人と同じ人物だと読む。実際には、一年前の事件のさなかに仮面の主人は別の人物に殺され、その人物が仮面をつけて主人に成り代わっていた。現在の「私」は、死んだと思われていた画家である。
二人を一人と数えさせる仕掛けで、作中の人々も仮面の主人を本人だと思い込んでいる。ただし読者を誤らせているのは、作中の人々には届かない語り手の独白と、二つの章の人称の使い分けである。
館の中で起きた人物の消失と、焼かれた死体の身元の偽装は、作中の犯人が作中の人々に向けて行った工作で、この層は叙述の仕掛けではない。
騙しの技術
- 人称を章ごとに分ける。 過去は三人称で主人の名を明示し、現在は一人称で名を伏せる。三人称の章で「この人物が主人である」と確定させておけば、一人称の章の「私」がその主人だと読者が自分で補う
- 語り手に名乗らせない。 一人称の語り手が自分の名を地の文で繰り返さないのは自然なので、名を伏せていることが目立たない
- 二通りに読める独白を置く。 「何も変わっていない」の類の述懐や、消えた人物への言及が、主人の心情としても、成り代わった者の心情としても読める
- 語り手の知覚をそのまま書く。 現在の語り手が見る色は、過去の章の視点が見る色と食い違う。語り手は見えたとおりに書いているだけで、嘘はついていない
フェアプレイの担保
- 現在の章の語り手は、ある色を灰色として描写し、過去の章では同じものが別の色で書かれている。作中の他の人物が、語り手の見た色とは違う色を口にする場面もある
- 語り手の左手の指の欠損を示唆する描写がある
- 仮面と、声の嗄れという設定そのものが、入れ替わりを許す条件として最初から示されている
- 主人は事故で顔と手足に傷を負い、車椅子で暮らしているとされる。その身体と、現在の事件の犯行の可能性との食い違いが、論理の手がかりになる
- 版による違いがある。後の改訂版では、語り手の色の見え方の後遺症について説明の仕方が改められ、作中の人物がその後遺症を知っていたことが書き足された(解決の根拠を補う改訂と評されている)
効き目
- 作中の入れ替わりと、読者向けの人称の配置が同じ一点(仮面の主人は誰か)を向いているため、作中の謎を解けば叙述の仕掛けも同時に解ける。解決で、現在の章全体が別人の独白として読み直される
- 色の描写のように、語り手が正直に書いたことがそのまま手がかりになっている。真相を知って読み返すと、何気ない情景描写が語り手の正体を語っていたと分かる
弱点・破綻しやすい点
- 仮面の主人という設定そのものが入れ替わりを強く匂わせ、見抜いたという読者の声が多い。身体が不自由とされる人物には現在の事件の犯行が難しいことも、早い段階で疑いを向けさせる
- 色覚の後遺症の書き方には、実際の色の見え方と合わないという指摘がある。冒頭近くに、語り手には見分けにくいはずの色名が地の文に出るという指摘もあり、その箇所はフェアさに疑問が残るとされる
- 語り手が自分を主人の名で呼ぶ表現については、成り代わった本人が実際にその名を名乗っている以上、嘘とまではいえないとする評価があり、際どい箇所として扱われている