仕掛けの要約【ネタバレ】
物語は二つの流れで進む。一つは、シリーズの常連の青年が、山奥の湖に浮かぶ館を目指し、館の塔から転落するまで。もう一つは、館の一族の息子に招かれた学生「中也」が、一人称で語る館での滞在と連続殺人である。後者が本編の大部分を占める。
読者は、二つの流れを同じ時期の出来事として読む。常連が館に着き、転落したあと、その館で学生の物語が進んでいるのだと受け取る。実際には、学生の物語は常連の訪問より三十年以上前の出来事である。
この時間の取り違えの上に、人物の取り違えが二つ重なる。
- 学生の物語には、塔から落ちて記憶を失った青年が館に置かれており、常連と同じ字の姓で呼ばれる。読者はこの青年を常連その人だと読む。実際には同じ字の姓を別の読みで持つ別人で、館の家人の一人である
- 語り手の学生は本名を名乗らず、あだ名で呼ばれ続ける。この学生は、シリーズの館を設計してきた建築家の若き日の姿である。読者は常連の時代を「現在」と思っているため、シリーズで既に故人とされた建築家と語り手を結びつけない
時間の層が解けると、二つの人物の層が同時に解ける。
騙しの技術
- 二つの流れに同じ目印を配る。 常連の流れと学生の流れの両方に、近くの火山の噴火、母親をめぐる挿話、塔からの転落といった、よく似た出来事が置かれている。読者は目印の一致を、同じ時期・同じ人物の証拠として受け取る
- 「現在」を先に置く。 常連の流れが先に「現在」として置かれているので、読者は学生の物語にもその年を持ち込む
- 姓の表記を揃える。 記憶を失った青年は、常連と同じ漢字の姓で書かれる。読みが違っても、読者は字面で同一人物と判断する
- シリーズの読者の記憶を使う。 常連の名を見たシリーズの読者は、その人物像を当てはめ、疑いの外に置く。また、建築家はシリーズの前提として既に亡くなっているため、現在の物語に生きた本人が出てくるとは考えない
- 一人称の語り手に名乗らせない。 語り手はあだ名で呼ばれ、本名は最後まで伏せられる。一人称の語り手が自分の名を地の文で言わないことは不自然に見えない
- 建築家らしい人物を別に置く。 館の改装に関わった元の姓を同じくする親族がいて、読者の連想はそちらへ向かいやすい、という指摘がある
フェアプレイの担保
- 学生の物語の中に、当時の国際情勢のニュースや流行病など、時代を特定できる記述が置かれている。これに気づいて早い段階で過去の話だと見抜いた読者がいる
- 二つの流れに置かれた同じ品物や場所の状態に、細かな違いがある(懐中時計の色、所持品、玄関の造り、立て札の文字の色など)、という指摘がある
- 館にいる記憶喪失の青年について、性格や服装、嗜好が常連と違うと感じた読者がいる
- 語り手が建築学科の学生であることは明記されており、出身地や家族構成にもシリーズで語られてきた建築家と重なる点がある
効き目
- 時間の層が解けた瞬間に、人物の層が二つ同時に反転する。一つの事実がいくつもの誤認をまとめて崩す
- 誤認の土台の多くが、作品の外にあるシリーズの読書経験に置かれている。シリーズを順に読んできた読者ほど、常連と建築家についての前提を強く持ち込む
- 語り手の正体が明かされることで、本作はシリーズ全体の起点の物語として読み直される。シリーズの「始まり」を描く作品として受け取る読者が多い
- 記憶を失った青年を常連と読ませることが、その青年を連続殺人の疑いから遠ざける働きもしている、という読みがある
弱点・破綻しやすい点
- 時代を示す記述が多いため、早い段階で過去の話だと気づかれやすい。気づくと人物の仕掛けまで芋づる式に見え、長大な残りが消化試合になったという評がある
- 二つの流れをつなぐ〈視点〉と呼ばれる語りの部分は、正体が最後に示されるが、その仕掛けにふさわしい理由が用意されていないと受け取る読者が少なくない。不公平、拍子抜けという評がある。〈視点〉が誰のものかについては読み方が分かれている
- シリーズを読んでいない読者には、常連と建築家をめぐる仕掛けがほとんど働かない
- 分量がシリーズで最も多く、仕掛けの効果に対して長すぎるという評がある