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愚行録

貫井徳郎 / 2006 / 小説

読者が誤認するもの

人物›人物の誤認›一人を複数
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層複合
叙述N-人物の同一と別N-語り手の正体
媒体固有T-小説/記録という体裁T-小説/一人称の空白
効果E-探偵は物語の外にいるE-別の名前は別の人物

⚠️ このページは作品の核心(真相)に触れます。未読・未視聴の場合はご注意ください。

まだ読んでいない方へ。この下は真相に触れます。

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仕掛けの要約【ネタバレ】

一家四人が殺された事件から一年後、事件の被害者夫婦を知る人々が、取材に来た聞き手に向かって夫婦の人柄や過去を語っていく。本文は冒頭の短い新聞記事(幼い娘を衰弱死させた母親が育児放棄の疑いで逮捕された、という報道)と、六人の関係者の談話と、その合間に挟まれる名前のない女性の独白でできている。独白は「お兄ちゃん」に語りかける形で、虐待された生い立ちを打ち明けていく。

読者は、談話を事件の取材の記録として、独白を事件とどうつながるのか分からない別の話として読む。聞き手は記録の外にいる中立の取材者として、独白の女性は事件の外にいる誰かとして受け取られる。

真相では、独白の女性は冒頭の記事で逮捕された母親であり、関係者の一人が大学時代の同級生として名前を挙げた女性であり、一家を殺した犯人だった。三つは同じ一人である。そして、取材をしていた聞き手は、独白が語りかけている「お兄ちゃん」その人で、妹に疑いを向ける者がいないかを確かめるために取材者を装って関係者を訪ねていた、と読み取れるようになっている。終盤、独白の中身と談話が結びつき、冒頭の記事までが一本につながる。

騙しの技術

  • 聞き手の声を一度も書かない。 本文は関係者の談話だけを並べ、聞き手の質問や相づちは省かれる。談話の中で相手は取材者として扱われるので、読者は聞き手を、話を引き出すための透明な装置として受け取る。記録の体裁が、聞き手が何者かを書かないことを自然にしている
  • 独白の語りかけの相手を呼び名だけにする。 独白の相手は「お兄ちゃん」としか呼ばれず、名前も職業も示されない。談話の側の聞き手は声そのものが書かれないので、読者は二つの役を並べて見比べる材料を持たない
  • 独白の話し手に名前を与えない。 一人称の話し手は自分の名を言わなくても不自然でない。話し手の性別や正体が前半では分からず、被害者夫婦の子どもや妻自身ではないかと想像した読者もいる
  • 同じ女性を三つの場所に分けて置く。 冒頭の記事、関係者の談話に出てくる同級生、名前のない独白の話し手は、それぞれ別の種類の文章の中にいる。この三つを結びつけないまま終盤まで読み進める読者が多い
  • 事件の外にありそうな話から始める。 冒頭の記事は一家殺害とは別の事件の報道で、本筋とどうつながるのか分からないまま談話が始まる

フェアプレイの担保

  • 独白は章ごとに必ず挟まれ、読者はそれが何かの意味を持つことを最初から知らされている。本筋とどこでつながるのか分からないことが、読み進める理由になっている
  • 談話の一つが、被害者の妻の大学時代の同級生の女性に触れ、その女性を犯人ではないかと疑う。独白の話し手の生い立ちとこの同級生の像が重なることに気づけば、犯人へ近づける
  • 結末まで読んでから冒頭の記事に戻り、仕掛けに気づいたという読者がいる。冒頭の記事が、最初から真相の一部を差し出している

効き目

  • 事件の取材記録として読んできた談話の束が、終盤で、犯人の身内が疑いの芽を探して回った記録に変わる。語り手たちが気ままに口にしていた噂や推測が、聞き手にとっては危険の見積もりだったと分かり、何気ない談話の一つ一つが別の重さを帯びる
  • 被害者夫婦の人柄を暴くことが主題に見えていた作品が、聞き手の側の物語でもあったと分かる。関係者全員の愚かさを並べた題名が、記録をまとめた側にも及ぶ
  • 並行していた二つの流れと冒頭の記事が、最後の数ページで一度につながる

弱点・破綻しやすい点

  • 犯人も動機も意外ではなかった、という評がある。犯人を絞り込む手がかりは談話の中に少なく、真相が物語の中から推理で拾えるものではない、とする読者もいる。ミステリとして読むと、推理で迫る楽しみは薄い
  • 聞き手と「お兄ちゃん」が同じ人物であることは、本文がはっきり言い切る形では示されず、読み取りに任されている。この結びつきに気づかないまま読み終え、兄は作中に登場しないと受け取る読者もいる。気づかなければ、仕掛けの半分が働かない
  • 談話の大半は事件の真相とは関係しない。人物描写として読ませる力はあるが、結末が分かると、長い談話に付き合わされたと感じる読者もいる
  • 談話の話し手も、段落の冒頭では名前や性別が示されない。そのため読みにくく、話し手を取り違えた読者もいる。仕掛けのための省略が、読みやすさを削っている

読み返してみませんか。

仕掛けを知ってから読むと、同じ記述が別の意味で通ります。

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