仕掛けの要約【ネタバレ】
米国の長距離クラブに所属するエチオピア出身のランナー、ジェシカと、日本人の同僚アユミをめぐる長編。作品はいくつかの章に分かれ、ジェシカの視点で描かれる「七年前」「七年後」の章と、ジェシカの登場しない別の章とが交互に置かれる。各章には日付がはっきり書き込まれている。
読者は、作中の日付をすべて自分の使っている暦(西暦)の日付として読む。そのため、アユミが自殺した「七年前」の出来事と、監督が殺害される事件とのあいだには七年以上の隔たりがあり、死者であるアユミは事件に関わりようがない、と受け取る。
実際には、ジェシカの章の日付だけはエチオピア暦で書かれている。エチオピア暦は西暦より年号が七〜八年遅れているため、これを西暦に直すと、各章の位置関係が組み替わる。
- 「七年前」の章は、読者が思うよりずっと後、監督が殺害される事件の直前にあたる。アユミは事件の時点でまだ生きていた
- 「七年後」の章は、事件と同じ日の出来事のように読めるが、実際には事件から何年も後である
- ジェシカの登場しない章のひとつは、「七年前」より後の出来事に見えて、実際にはそれより前である
日付の記述そのものには誤りがない。ジェシカは自分の暦で暮らしており、その暦で日付が書かれているだけである。
騙しの技術
- 日付を明記する。 日付がぼかされていれば読者はそれを気にしない。ここでは逆に、章ごとに年月日まで書き込み、さらに視点人物にカレンダーの日数を数えさせることで、読者に日付を前提として受け取らせている
- 暦を二通り混在させ、どちらであるかを章ごとに書き分けない。 ジェシカの視点の章はエチオピア暦、それ以外の章は西暦で日付が書かれる。どちらも単に「◯年◯月◯日」として書かれるので、読者は同じ暦だと思う
- 題名と章題が、読者の補完を後押しする。 「七年」という語が題名と章題に置かれ、読者はそれを章と章の間隔として読む。暦が違うことを知らない限り、この読み方は自然に成立する
- 小さいずれを先に見せる。 ジェシカが故国の流儀で時刻を数えて暮らしていること(エチオピア式の時刻は一般的な時刻と数時間ずれる)は、作中で早くから説明される。読者の注意は時刻のずれに向かい、年号のずれは疑われにくくなる
- 超自然めいた謎で注意をそらす。 アユミの「自分が二人いれば」という願いと、各地に現れる「アユミを名乗る女」の謎が、分身や替え玉の方向へ読者の推理を引き寄せる
フェアプレイの担保
- ジェシカの章には、ある日付から目標のレースまでを毎日数えていくカレンダーの描写があり、その日数は西暦の暦では合わない。日付と日数がくどいほど繰り返されるので、このカレンダーが西暦ではないことは作中の記述だけから推理できる
- ジェシカが故国の時刻の数え方で生活していることは、作中で説明されている。時刻が故国式なら暦も故国式ではないか、という推論の道筋は開かれている
- ジェシカの登場しない章のひとつに、土地によって時刻の基準が違うことを使ったアリバイの仕掛けが出てくる。主筋と同じ原理を、別の挿話の中で先に示しておく形になっている
- ジェシカがアユミに贈った品物の扱いなど、時系列を組み直すと意味が通る細部が置かれている
- ただし、カレンダーが西暦でないところまでは推理できても、具体的に何年ずれるかは作中の記述だけでは決まらず、エチオピア暦についての知識が要る。この点をめぐって、フェアかどうかの評価は分かれている
効き目
- 種が明かされると、作中のすべての章の位置が一度に動く。順序が入れ替わる章、同時と思った二つが離れる章、離れていると思った二つが近づく章が同時に生じ、読者は年表を作り直して読み返すことになる
- 死者として事件の外にいたはずの人物が、事件の時点で生きていたことになる。これにより、犯人の範囲そのものが変わる
- 題名の「七年間」は、読者が読み始める前から誤った時間の幅を与えている。読後に題名の意味が変わると評する読者が多い
- 時刻のずれに気づいた読者ほど、そこで「見破った」と思って先へ進まない。正しい答えの一部を先に与えて探索を止めさせる働きがある
弱点・破綻しやすい点
- 解決に特殊な知識が要る。 暦の仕組みを知らない読者には、真相が明かされても「知るはずがない」という反応になりやすい。アンフェアだとする評が多く、前作の 葉桜の季節に君を想うということ のような普遍性に欠けるという評もある
- 方向が早く透ける。 故国の時刻の話が冒頭近くに出るため、仕掛けが時間に関わることは多くの読者に察せられる。叙述トリックを予期して読んだ読者からは、かなり早い段階で見当がついたという声がある
- 驚きが計算を要する。 真相の理解に暦の換算と時系列の組み直しが必要で、明かされた瞬間の衝撃より「整理してようやく分かる」という読後感になりやすい。混乱したまま終わったという感想も少なくない
- ミスディレクション用の挿話が浮く。 分身の謎や、ジェシカの登場しない章は、主筋から切り離されていると感じる読者が多く、何のための章だったのかという疑問が残りやすい
- 一つのアイデアに物語が引っ張られているという評もある