仕掛けの要約【ネタバレ】
女子大生マリーは、親友アレックスと試験勉強のために田舎のアレックスの実家を訪れる。その夜、古いトラックに乗った大柄な男が家に押し入り、一家を次々に殺してアレックスを連れ去る。隠れて難を逃れたマリーは、ナイフを手にトラックに忍び込み、親友を救おうと男を追う。観客は、マリーを惨劇に巻き込まれた生き残りの目撃者として、男を外からやって来た殺人者として観る。
真相では、殺人者はマリー自身である。トラックの男は、マリーが自分の犯行を別人のものとして見ている、彼女の内側の人格だった。終盤、ガソリンスタンドの防犯映像を確かめた警察が、店員を殺したのはマリーだったと知り、以後の画面はマリーを殺人者として映す。アレックスの一家を殺したのも彼女で、動機はアレックスへの執着だった。
誤認は二重になっている。一つは、画面に映る殺人者とマリーを別々の二人と数えること。もう一つは、マリーを被害者の側の人物、救出に向かう主人公として読むことである。
騙しの技術
- 別の俳優に殺人者を演じさせる。 殺人者は、マリーとは体格も年齢も性別も違う男として、別の俳優によって演じられる。画面に二人が同時にいて、追い、追われ、揉み合う。画面にいる人物はそこにいる、という映像の前提が、二人を二人と数えさせる
- 主人公の知覚に寄り添って撮る。 物語のほとんどはマリーの側から進み、受け手は彼女が見ているものを見る。彼女が自分の行為を別人のものとして見ているなら、受け手にもそう見える。主人公の見え方を示す標識は置かれない
- 主人公を目撃者の位置に置く。 マリーは隠れ、覗き、後をつけ、殺しの場面にいつも居合わせるが、手を下すのはいつも男である。目撃しているから被害者の側の人物だ、という読みが、彼女を容疑の外に置く
- 真相を作中の客観的な記録で渡す。 反転は、作中の防犯映像という、主人公の知覚を通らない画面によってもたらされる。それまでの主観の画面と、記録の画面との食い違いが、そのまま種明かしになる
フェアプレイの担保
- マリーが、殺人者よりも先に、過去の被害者がいることをほのめかす。まだ誰も口にしていないはずのことを知っている
- マリーが二人であることを、別の意味にも取れる言い回しで口にする台詞がある
- 殺人者はマリーだけを決して殺さず、マリーは殺しの場面のすべてに居合わせながら、一つも止められない。この不自然な偶然の重なりが、見直すと真相の側から読める
- 冒頭の、主人公の内面をうかがわせる場面と、親友への感情の描写が、動機の伏線になっている
効き目
- 種明かしのあと、主人公の勇敢な救出劇が、そのまま執着の果ての犯行に置き換わる。受け手が応援していた行動の一つひとつが、別の意味に反転する
- 主観の画面と防犯映像の画面が食い違う一瞬で、映像の前提が受け手の目の前で崩れる
- 種明かしを最後の数分ではなく終盤の一続きに置くので、真相を知った受け手は、殺人者としての主人公をしばらく見続けることになる
弱点・破綻しやすい点
- 主人公の知覚としても説明しきれない場面が残る。 殺人者の運転するトラックと主人公の乗る車が追いつ追われつする場面など、真相の側から見ると物理的に成り立たない、誰が何を運転していたのか分からない、という指摘が多い。主観の画面だったと読んでも埋まらない穴があり、作り手が結末のために画面で嘘をついた、と評されることがある
- 反則と受け取られやすい。 真相を支える手がかりが少ないうえ、上の穴があるため、どんでん返しのための後付けだ、ずるい、という評価が日本でも海外でも目立つ
- 主人公が別人格として殺人者を見ていた、という解決は ファイト・クラブ・アイデンティティー で既に知られた型で、警戒されやすい
- 殺人者を同性への執着と結びつける描き方には、偏見を再生産するという批判がある