一覧 / 猫の舌に釘をうて

猫の舌に釘をうて

都筑道夫 / 1961 / 小説

読者が誤認するもの

人物›人物の隠匿›視点人物の隠匿
詳しい分類を見る
層メタ
叙述N-語り手の正体
媒体固有T-小説/記録という体裁T-小説/一人称の空白T-共通/予告と挑戦T-共通/囮の仕掛け
効果E-語り手は正直E-仕掛けは隠されている

⚠️ このページは作品の核心(真相)に触れます。未読・未視聴の場合はご注意ください。

まだ読んでいない方へ。この下は真相に触れます。

先に作品にあたるなら、こちらから。

PR:本ページはアフィリエイト広告を含みます。

ミステリは“聴いて”楽しむこともできます(Audible 30日間無料体験)

仕掛けの要約【ネタバレ】

本作は、売れない書き手の語り手が、ある推理小説の束見本(製本の見本として作られた白紙の本)に書きつけた手記、という体裁をとる。手記は、自分はこの事件の犯人であり、探偵であり、どうやら被害者にもなりそうだ、という宣言で始まる。

宣言の直後に、宣言の「犯人」に当てはまる出来事が置かれる。語り手は、想いを寄せる人妻の夫への鬱屈を紛らわすため、夫に似た喫茶店の客に、彼女の風邪薬を毒に見立てて飲ませる。毒殺のまねごとのつもりだったが、客はその場で死ぬ。語り手は自分が死なせたのかと怯え、彼女の命も狙われているのではと考えて、犯人を探しはじめる。読者は宣言の三つの役を、この一件の犯人、真相を追う探偵、次に狙われるかもしれない者、と受け取る。

実際には、客を死なせたのは語り手ではなかった。そして物語の後半で起きる、語り手が守ろうとしていた女性の死こそが、語り手自身の犯行だった。手記は嘘を書いていない。ただ、自分がその死に手を下したことを書いていない。冒頭の宣言は最初から真実を言っていたが、「犯人」が指していたのは、読者が当てはめた一件ではなかった。

作中には読者への挑戦も挟まれる。容疑者を絞りこむ決め手は、手記に何が書かれていないかにある。

騙しの技術

  • 真相を、本文の最初の一文で言ってしまう。 語り手が犯人であることは隠されていない。隠されているのは、どの死の犯人か、である
  • 宣言の直後に、宣言の当てはまる先を一つ置く。 毒殺のまねごとと客の死は、「犯人」という語の受け皿としてそのまま使える。読者はそこで宣言を解き終えたと考え、語り手を後半の死の容疑から外す
  • 語り手を、その一件では本当に無実にしておく。 語り手が怯えて真相を追う姿は芝居ではない。探偵役としての誠実さが、後半の死についての沈黙を目立たなくする
  • 手記という形式の、書かなくてよい権利を使う。 手記の書き手は、書くことを選べる。自分の犯行を書かなくても、手記として不自然にはならない
  • 報われない恋の告白を、手記の中心に置く。 読者は語り手の心情に寄りそって読み、語り手を疑う距離をとりにくくなる。犯行の動機も、その心情の中にある

フェアプレイの担保

  • 冒頭の宣言そのものが、語り手が犯人であることを告げている。宣言は最後まで撤回されない
  • 作中の読者への挑戦は、手記を読めば犯人を指摘できるという前提で置かれている。手がかりは、書かれていることより、書かれているべきなのに書かれていないことの側にある
  • 作中で手記を読む人物が、書かれていない部分から語り手を見抜く。読者に渡された材料と同じ材料で真相に届きうることが、作中で示される

効き目

  • 一人三役という宣言の奇抜さが、読者の関心を「どうやって三役を兼ねるのか」という問いに向ける。読者はその問いに答えを探しながら、宣言が文字どおりの真実である可能性を見落とす
  • 真相が明かされると、宣言の三つの役の当てはまる先がそれぞれ入れ替わる。犯人の役は前半の一件から後半の死へ移り、恋の告白として読んだ手記が、犯人の手記として読み返される
  • 宣言が嘘ではなかったと分かるため、騙されたことへの不満は出にくい。読み返すと、宣言を書いた時点の語り手と、手記を閉じる時点の語り手とで、同じ言葉の重さが違って見える

弱点・破綻しやすい点

  • 語り手が犯人であることは冒頭で告げられているので、宣言を文字どおりに受け取る読者には、容疑者が一人しかいない構図が早めに見えうる。驚きは、宣言をどこまで比喩として読み流すかに左右される
  • 一人三役は筋立ての発想であって、謎解きの技巧としては小さい、という評がある。前半の毒殺の真相も後半の死も、仕掛けそのものは目立って凝ったものではない
  • 修飾の多い文体と、恋愛の比重の大きさに好みが分かれる。恋の告白に入り込めない読者には、語り手に寄りそわせて疑いを遠ざける効果も弱くなる
  • 造本の趣向が最後に効く作りのため、合本や電子版では形が崩れる。紙の単独の本で読まないと成り立たない、という評がある

読み返してみませんか。

仕掛けを知ってから読むと、同じ記述が別の意味で通ります。

関連する型アクロイド殺し夜歩く殺しの双曲線

← 一覧に戻る