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女王はかえらない

降田天 / 2015 / 小説

読者が誤認するもの

時間›時系列の誤認›並行
人物›人物の誤認›複数を一人
人物›人物の誤認›一人を複数
人物›人物の属性›性別
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層メタ
叙述N-時間の並行N-人物の同一と別N-人物の属性
媒体固有T-小説/呼称の揺れT-小説/一人称の空白
効果E-同じ名前=同じ人物E-別の名前は別の人物E-自称は語り手の属性を示すE-名前は人物の属性を示す

⚠️ このページは作品の核心(真相)に触れます。未読・未視聴の場合はご注意ください。

まだ読んでいない方へ。この下は真相に触れます。

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仕掛けの要約【ネタバレ】

三部構成の長編。第一部は、地方の小学校の一クラスで、長くクラスの頂点にいた女子と、東京から来た転校生とが女王の座を争う話で、成績のよい児童「ぼく」が語る。登場する子どもたちはみな片仮名のあだ名で呼ばれる。争いは夏祭りの夜の事件で終わる。第二部は語り手が替わり、四年一組を担任する女性教師が、受け持ちの女子児童の失踪に向き合う。こちらの児童は漢字の本名で書かれ、第一部のあだ名と響きの重なる名の子が何人もいる。

読者は第二部を、第一部の事件の直後、あるいは同じ出来事を教師の側から描いたものとして読む。あだ名と本名を突き合わせ、第一部の誰が第二部の誰かを線で結びながら読み進める。

真相では、第一部と第二部のあいだに二十年あまりの隔たりがある。第二部の児童は、第一部の子どもたちとは別人である。第一部のあだ名の多くは名ではなく姓から取られていたので、響きが重なっても同じ人物ではない。第一部の女王たちは二人とも、あの夜に命を落としていた。そして第二部の教師は、第一部を語った「ぼく」が大人になった姿である。「ぼく」と名乗り、男性めいたあだ名で呼ばれていたこの語り手は女子で、幼なじみの学級委員は男子だった。第三部は第二部と同じ年度に置かれ、かつての同級生たちが集まる場で、あの夜にクラスが何をしたのかが明かされる。

騙しの技術

  • 時間の隔たりを書かない。 第一部の終わりから第二部の始まりへ、地の文は年月の経過を示さずにつなぐ。事件の日付と曜日も明記しない。二つの部が同じ学校の同じ学年の一組を舞台にしているので、読者は時間がそのまま続いていると補う
  • あだ名と本名の二つの表記を使い分ける。 第一部は全員を片仮名のあだ名で、第二部は漢字の本名で書く。表記が変われば同じ人物でも呼び名が変わるのは自然なので、読者は響きの近い名を同一人物の言い換えとして結ぶ。実際には、第一部のあだ名は姓に由来しており、名の響きが近いのは別の世代の子どもである
  • 結ばせる線と、結ばせない線を同時に引く。 響きの近い名は同一人物と読ませ(実は別人)、まったく違う名は別人と読ませる(実は同一人物)。第一部の「ぼく」と第二部の教師、第一部の幼なじみと第二部の教師の夫は、呼び名が重ならないので、読者は結びつけない
  • 一人称の自称と、あだ名の響きで性別を決めさせる。 第一部の語り手は自分を「ぼく」と呼び、周囲からは年長の男性を思わせるあだ名で呼ばれる。語り手は自分の性別を語らない。幼なじみのあだ名は女子の名の愛称に聞こえる。どちらの性別も本文には書かれていないとする読者がいる
  • 時間・人物・性別の三つの誤認は、すべて第一部と第二部の接続の一点にかかっている。時間が続いていると読むから響きの近い名を同じ人と結び、性別を取り違えているから語り手と教師を結ばない、という形で、三つが互いを支えている

フェアプレイの担保

  • 第二部では、第一部と人物の性格が食い違う、死んだはずの人物が生きているように見える、担任の人物像が違う、といった違和感が随所に置かれている、と多くの読者が述べている。違和感の正体を第三部で読み解けた、という再読の証言もある
  • 第一部の人物がすべて片仮名のあだ名で書かれていること自体を、仕掛けの気配として受け取った読者が多い
  • 第一部の幼なじみの家族構成に、性別を示す手がかりがあったと指摘する読者がいる
  • 一方で、時間の隔たりは日付と曜日を明記していないため叙述の型に慣れた読者には見抜かれやすい、という指摘が選考の段階からある

効き目

  • 性別の反転によって、第一部で描かれた子どもたちの好意の向きがひっくり返り、事件の動機がまるごと別のものに見え直す。性別の誤認が単独の驚きにとどまらず、真の動機を際立たせる働きをしていると評されている
  • 時間の隔たりや名前の仕掛けは早めに察した読者でも、性別の反転には気づかなかったという感想が多い。見抜かれやすい仕掛けを前に置き、その奥に別の仕掛けを置く重ね方になっている
  • 題名の平仮名表記が、帰らないと孵らない(大人になれない)の二つの意味を持つことが最後に分かる、と評価する読者が多い

弱点・破綻しやすい点

  • 姓から取ったあだ名が、何人も重なりすぎる。 一人二人なら自然でも、主要な子どもの多くが姓由来のあだ名で、それが次の世代の子の名と響き合うのは作為的だという評が非常に多い。仕掛けの都合が媒体の自然さを崩した箇所として、読者に「なぜここだけ」と思わせている
  • 女子の語り手に「ぼく」と名乗らせることへの不満が多い。 一人称の自称を性別の手がかりとして読む前提を直接使っているため、ずるい、やりすぎだと受け取る読者がいる(成立とは別の問題として、受け止め方が分かれる)
  • 第二部の違和感が強く、叙述の仕掛けがあることが早く透ける。 第二部の教師の人物像や子どもたちの性格が第一部と食い違うことで、多くの読者が途中で時間のずれに気づいている
  • 型そのものの既視感。選考段階から、仕掛けに既視感があり若干やりすぎだという評価が出ている。時間差と名前の型は先行例(模倣の殺意)の変形と見なされている
  • 性別の誤認は事件の真相に必要なのか、という疑問を述べる読者も一定数いる。一方で、好意の向きの反転が動機を隠しているので必要だと見る読者もいる

読み返してみませんか。

仕掛けを知ってから読むと、同じ記述が別の意味で通ります。

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