仕掛けの要約【ネタバレ】
十六歳の少年が幼い女の子を殺害し、週刊誌がその実名「大山正紀」を報じる。物語は、犯人と同じ名を持つ十人以上の大山正紀を、章ごとに視点を替えながら追っていく。登場人物の大半が同じ姓名であることは、題名と帯で最初から告げられている。読者は「どの大山正紀の話か」を、職業・年齢・外見といった手がかりで見分けながら読み進める。
この見分け方そのものが、三つの誤認を生む。
- 性別。 大山正紀の一人は女性である。男性たちの名は「まさのり」と読み、彼女の名は同じ字で「まさき」と読む。読者は、その章で描かれている男性をその章の大山正紀だと受け取るが、実際の大山正紀は、その男性のそばにいる女性のほうである
- 人物の数。 別々の大山正紀を、読者は同じ一人だと思って読む。いじめを受けている大山正紀が二人いて、読者はこれを一人だと結びつけてしまう
- 時の順序。 章は時系列どおりには並んでいない。読者は過去の出来事を現在と同じ流れの中に置いて読み、そのために別人どうしを結びつけ、一人の人物を取り違える
これらとは別に、作中にも騙し手がいる。犯人自身が、被害を受けた側の大山正紀の一人として、ほかの大山正紀たちが作った会に加わっている。読者は会の面々と同じく彼を別の大山正紀だと思って読むが、名前の上ではどちらも本当に大山正紀なので、偽りの名は一つもない。
騙しの技術
- 名前を、人物を見分ける手段として使えなくする。 すべての大山正紀が同じ字の姓名で書かれるため、読者は名前以外の特徴で人物を追うしかない。作者はその代わりの目印——職業、所属、髪の色、顔の特徴——を自分で配っており、その目印のほうに誤認を仕込んでいる
- 同じ字でも読みが違う。 大山正紀たちの中には読みの違う者がいるが、文字だけを追う読者にとって「大山正紀」はどれも同じ一つの名に見える。読みが違えば性別の想定も違いうるところまで、読者は疑わない
- 章の並びを時系列と一致させない。 視点の主がみな同じ名なので、どの章が前でどの章が後かを、名前から判断できない
- 仕掛けがあることを最初から告げる。 題名と帯が同姓同名の混乱を公然と予告するため、読者は「同じ名前の別人」に対しては身構える。その身構えが、性別や時の順序にまで及ばない
フェアプレイの担保
- 女性の大山正紀の章では、視点の男性に、オタクとして描かれている割に親しい女性の友人がいる。そのことを不自然だと感じながら読んでいた読者がいる
- 被害を受けた大山正紀たちの会では、初めての集まりで参加者の身元を確かめていない。会に紛れ込んだ者がいるかもしれないという指摘も、作中で一度出されている
- 冒頭に置かれた報道の文言が、その後の人物の見分け方を方向づけていることを、読後に指摘する読者がいる
- 真相が明かされたあとで読み返すと、各章の大山正紀が誰であったかが、すべて辻褄の合う形で並び直る
効き目
- 読者は最初から「同じ名前の別人がいる」と知らされて読んでいる。それでも騙されるのは、警戒が「誰と誰が別人か」という問いに集中し、性別や時の順序といった別の層が無防備になるからである
- 仕掛けの舞台が、名前という個人を特定する唯一の手がかりそのものである。顔の見えない小説では、名前が使えなくなると読者は人物を見分ける手段を失う、と述べる読者がいる
- 作中では、名前だけで他人を断罪する人々が描かれる。読者自身も名前と目印だけで人物を思い込んで読んでいたことが、読後に突きつけられる
弱点・破綻しやすい点
- 同じ名の人物があまりに多いため、どの大山正紀が誰かを追いきれず、真相が明かされても自分の理解に自信が持てなかったという感想が多い。誤認したのか、単に混乱したのかが読者の側で区別できなくなると、反転の快感が薄れる
- 同じ学校・同じ学年・同じ集合住宅に同姓同名がいるといった設定の都合を、不自然に感じる読者がいる
- 解決が証拠や推理よりも人物の告白に頼っている、という評がある。終盤に説明が二度覆るため、最後のほうは矛盾しているように感じたという読者もいる
- 性別の誤認は、その章の視点の男性に女性の友人がいることの不自然さから見当をつけた読者がいる。視点を担う人物と、その章の大山正紀とのずれが、描写の違和感として表に出てしまう
- 男性の名の読みと女性の名の読みが違うことは、作品の紹介や読者の側の読みの癖次第で先に気づかれうる
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