仕掛けの要約【ネタバレ】
新聞に小説を連載している作家の「私」のもとに、香坂誠一と名乗る見知らぬ人物から手紙が届く。「読者が犯人」という、ミステリに残された最後の不可能トリックの着想を、高額で買い取ってほしいという申し出である。手紙には、差出人の私小説めいた覚書が添えられている。並行して、超心理学の実験をめぐる挿話が語られる。
この作品には二つの層がある。
外側の層は、題名どおりの「読者が犯人」である。香坂は、自分の書いた文章を大勢に読まれると心身に変調をきたす特異な体質を持っていた。彼の手紙と覚書は新聞連載に載って多数の読者に読まれ、香坂は心臓の発作で死ぬ。死は病死として扱われ、事件にはならない。作品は、香坂を死なせたのは、その文章を読んだ者全員であり、いまこの本を読んでいる読者もそこに含まれる、と結論する。超心理学の挿話は、この体質がありうるものだとするための下地だった。
内側の層は、語り手自身の位置である。「私」は一貫して、香坂を面識のない差出人として扱って語る。ところが捜査に当たった警察の指摘によって、二人は以前から面識があり、この企てを事前に打ち合わせていたことが明らかになる。語り手は、香坂との関係とその素性を伏せていたことを、終盤で自ら認める。手紙を受け取って困惑する作家という語り手の位置づけが、実際には、仕掛けを香坂と共同で実行する当事者のものだった。語り手は作者と同名の作家である。
騙しの技術
- 受け取る側として語る。 手紙が一方的に届き、語り手はそれに反応するという形で物語が進む。読者は語り手を、外から持ち込まれた奇妙な申し出に巻き込まれた人物として読み、申し出の側に立つ者だとは考えない
- 本文を作中の記録にする。 読者が読んでいる文章は、語り手が書いて発表している連載そのものとして差し出される。書き手には何を書き、何を伏せるかを選ぶ権利があるので、関係を書かないことが不自然に見えない
- 見知らぬ相手として扱う。 香坂は、語り手にとって面識のない人物という前提で書かれる。語り手が嘘を述べたのではなく、知っていたことを書かなかったという形で、関係が伏せられる
- 仕掛けの存在を先に告げる。 題名と最初の手紙が「読者が犯人」を宣言しているので、読者の注意は「どうやって読者を犯人にするのか」という一点に向かう。語り手その人の位置は、問いとして立ちにくい
- 作者と同名の語り手を置く。 語り手が作者本人と重なることで、読者は語り手を作品の外にいる書き手の側に置いて読む
フェアプレイの担保
- 地の文では嘘を書いておらず、手がかりは散りばめられている、という評がある
- 超心理学の挿話は、唐突に挟まれるため、読者の側でも伏線らしいと受け取られており、体質の真相の下地として置かれている
- 語り手と香坂の関係は、作中の警察の捜査によって物語の途中で明かされる。読者だけが知らないまま結末を迎える作りではない
効き目
- 語り手が当事者だったと分かると、手紙を受け取って困惑する場面の数々が、計画の手順として読み直される
- 「読者が犯人」という宣言に読者の注意を集めておくことで、語り手の位置の偽装が陰に隠れる。外側の大きな趣向が、内側の仕掛けの囮として働いている
- 読者を名指しする結末は、本を読み終えた行為そのものを作中の出来事に結びつける。読後に自分が犯人だと受け止めたという反応が少なからずある
弱点・破綻しやすい点
- 「読者が犯人」を成り立たせる根拠が、科学的に説明できない特異な体質と超能力に置かれている。ここを反則あるいはアンフェアと受け取る読者が多い
- 作中で文章が載るのは新聞であり、読者が手にしているのは本である。新聞の読者という作中の読者がいるために、本の読者が犯人だという実感が薄れるという指摘がある。作品はこの反論を見越して結末で答えているが、納得しない読者もいる
- 直接手を下していない以上、読んだだけで犯人と言えるのか、という疑問が繰り返し出ている。読者の罪というより被害者が自ら招いた死に見える、という評もある
- 語り手の位置の偽装は、外側の趣向に比べて言及が少ない。読者の多くは「読者が犯人」のほうを本作の仕掛けとして受け取っている