仕掛けの要約【ネタバレ】
結婚五周年の朝に妻エイミーが姿を消し、夫ニックに疑いがかかる。小説の前半は、失踪当日から進むニックの一人称の章と、エイミーの日記の章が交互に置かれる形で進む。日記は出会った年から日付を追って書かれ、幸せな恋愛が冷え込み、やがて夫への恐れに変わっていく過程を記している。最後の記述は、夫に殺されるかもしれないという言葉で終わる。読者はこれを、消えた妻が過去に書きためた私的な記録として、もう一人の語り手の声として読む。
後半に入ると、エイミー本人が現在の時点から語り始め、生きていることが分かる。そして、前半の日記は、夫の浮気を知った彼女が夫を妻殺しの犯人に仕立てるために作り上げたものだったと明かされる。日記は警察に見つけさせるための証拠として書かれ、作中でも後になって捜査側の手に渡る。夫の暴力や、妻が身の危険を感じて銃を手に入れようとした理由といった記述は、起きていない出来事だった。
収録するのはこの日記の層である。夫が自分の行動の一部を語らずにおく点や、妻の失踪の真相そのものは、扱いを分けて下に記す。
騙しの技術
- 日記を、作中の物ではなく語りの声として先に出す。 日記の章は小説の冒頭近くから夫の章と交互に置かれ、作中の誰かがそれを見つけるより前に読者の手に渡る。読者は日記を、捜査で見つかる証拠品としてではなく、失踪した妻の側から事情を語るもう一つの語りとして受け取る。それが誰に読ませるために書かれた文書なのかは、前半では問われない
- 日記という形式の約束を使う。 日付つきの私的な日記は、その日に書かれ、誰にも見せるつもりのない本心の記録だと受け取られる。書き手が後から、読む相手を想定して書いた可能性は、形式そのものによって覆い隠される
- 作者は嘘を書いていない。 日記の中の嘘は作中の書き手のものであり、小説はそれを日記として差し出しているだけである。地の文が事実を偽る箇所はない
- 二人の語り手に、信頼の差をつける。 夫の章は言い逃れが多く、警察に嘘をついたことを本人が認め、何かを隠している気配を読者に見せる。一方で日記は感情の細部が豊かで、弱さや小さな欠点まで書き込まれている。読者は疑わしいほうを疑い、真実らしいほうを信じるので、日記の内容を夫の章で確かめようとしない
- 日記の時間を、夫の現在に少しずつ近づける。 日記は数年前から日付順に進み、夫の章は失踪後の日々を進む。二つの流れが失踪当日に向かって収束していくため、日記は捜査の場面と並んで、夫に不利な事実を一つずつ裏づける役を果たす
フェアプレイの担保
- 夫の章は、日記に書かれた夫の姿と食い違う夫の自己像を最初から示している。どちらかが事実と違うことは、前半の時点で読者に見えている
- 日記の書き手は、読み手を意識した書き方をしている。真相を知って読み返すと、夫に不利な細部が要所に配られていることが、意図された手がかりとして読めるようになる
- 日記がすべて作り事ではなく、本心に近い記述も混じっていると読む向きもある。どこまでが作り事かを読者が組み直す余地が残されている
効き目
- 中盤で語りの主が入れ替わった瞬間に、前半の半分にあたる日記の章がまとめて意味を変える。被害者として読んでいた人物が、筋書きを書いた側だったと分かる
- 読者の共感は、夫を疑い、かばい、妻の生存を知ってまた揺れる、というように何度も向きを変える。二人の語り手のどちらにつくかを読者自身が選ばされる構造になっている
- 日記という、本来もっとも信用される種類の文書を嘘の器にしたことで、反転が一つの事実の訂正にとどまらず、前半の読み方全体に及ぶ
弱点・破綻しやすい点
- 真相の開示は、妻が生きていたという新しい事実の提示と同時に起きる。日記の読み替えと、失踪の真相というどんでん返しが一度に来るため、驚きのどこまでが書き方の仕掛けによるものかは切り分けにくい
- 日記の内容そのものは作中の捜査側も信じており、読者だけが騙されているわけではない。読者に固有の誤認は、日記を語りの声として受け取った点、つまり文書の性質と宛先にある
- 前半の夫の章が露骨に隠しごとをしているため、疑い深い読者は二人の語り手の両方を疑い、日記の側にも作為を見てしまう可能性がある