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この闇と光

服部まゆみ / 1998 / 小説

読者が誤認するもの

時間›日時の誤認›時代
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層メタ
叙述N-時代と時期
効果E-物語の体裁は時代を示す

⚠️ このページは作品の核心(真相)に触れます。未読・未視聴の場合はご注意ください。

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仕掛けの要約【ネタバレ】

盲目の王女レイアが、失脚した父王とともに森の奥の別荘に幽閉されている――という体裁で物語は始まる。読み進めるにつれて、この「現実」は幾重にも崩れていく。時代は現代であり、場所は(王国ではなく)日本であり、"レイア姫"こと語り手は実は大木怜という男の子であり、侍女"ダフネ"は非実在("父"の一人二役)であり、"父"は実の父ではなく誘拐犯だった。

このうち、叙述トリックとして成立しているのは「時代」の誤認だけである。

性別・場所・"ダフネ"の正体・"父"との関係は、いずれも誘拐犯である"父"がレイアに対して行った作中の欺瞞(父がレイアに"生理になった"と偽って告げる、"ダフネ"を演じ分ける、王国の物語を語り聞かせる、など)によって生じている。語り手であるレイア自身がその欺瞞を事実として信じ込んでおり、地の文はその信じたところをそのまま誠実に語っているにすぎない。

一方、時代についてはレイア自身も特に何かを誤認しているわけではない。カセットデッキやテレビ、CDといった現代の道具は、レイア(怜)にとってはただの日用品であり、注釈する理由がない。読者だけが、「王」「姫」「侍女」という体裁的な語彙から前近代・異国風の舞台を思い込み、その思い込みを本文中に点在する現代の事物の描写によって静かに裏切られる。

騙しの技術

  • 「王国」「姫」「侍女」というおとぎ話の体裁そのものが、読者に時代・場所の推測を仕掛ける。作中でこの物語がいつの時代の話かが明言されることは一度もない
  • レイアにとって当たり前の道具(カセットデッキ・テレビ・CD、ケチャップ、バナナ等)を、驚きも注釈もなく淡々と描写する。一人称の語り手が驚かない事物は、読者にとっても見過ごしやすい
  • 動植物(ヒヨドリ・メジロ・藤・桔梗など)や色名(藤色・鳩羽色)など、日本という土地に固有の語彙を、王国の情景描写に混ぜ込んでいる
  • 文字を覚える場面で「木札が三百九十枚、一種類につき五枚」という記述から、78種類前後の文字体系(仮名文字に相当する数)であることが間接的に示される。ここでも「日本語」とは一度も書かれない

フェアプレイの担保

  • 上記の手がかりは本文の早い段階から、道具・動植物・色名・文字数という複数系統で繰り返し示されている
  • 手がかりはいずれも事実の描写のみで構成され、地の文が読者に向けて「実は現代なのだが」といった解釈を明示的に誘導する記述は無い

効き目

  • 読者が「王国もの」という体裁を強く信じ込むほど、真相が明かされたときの落差が大きくなる
  • 時代の手がかりは早い段階から多数示され、比較的見つけやすい設計になっている

弱点・破綻しやすい点

  • 手がかりが早期かつ多数に示されるため、時代の誤認だけを見れば見破ること自体はさほど難しくない
  • そのため一般に「叙述トリックの傑作」として語られる際、多くの読者が指すのは時代の誤認よりも性別・人間関係の誤認であることが多く、どの誤認を指して評価しているかが評者によってずれやすい
  • 時代の手がかりの周到さに対し、性別・"父"との関係(誘拐犯の正体と動機)にはほとんど手がかりが置かれておらず、後半で一挙に開示される構成になっている。手がかりの手厚さが著しく不均等

読み返してみませんか。

仕掛けを知ってから読むと、同じ記述が別の意味で通ります。

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