類別叙述トリック集成

一覧 / アヒルと鴨のコインロッカー

アヒルと鴨のコインロッカー

伊坂幸太郎 / 2003

ネタバレ度:致命
複合
叙述N-人物の同一と別N-時間の並行
媒体固有T-共通/囮の仕掛けT-小説/呼称の揺れT-映像/兼役と替え玉
効果E-挿入される断章は本編と対応しているE-同じ名前=同じ人物E-同じ絵/同じ声=同じ人物
手段M-人物すり替え
媒体小説映像

⚠️ このページは作品の核心(真相)に触れます。未読・未視聴の場合はご注意ください。

まだ読んでいない方へ。この下は真相に触れます。

先に作品にあたるなら、こちらから。

Amazon で見る →

仕掛けの要約【ネタバレ】

二つの時間が交互に語られる。

一方は現在。引っ越してきた大学生が、隣人に誘われて奇妙な行動に加わる。

もう一方は二年前。ある女性の身に起きたこと。

読者は、両方に登場する同じ名前の男を同一人物として読む

真相——現在の側にいる男は、その人物ではない。

二年前に死んだ友人の名を名乗り、その振る舞いを引き継いでいる、

外国から来た留学生である。

騙しの技術

同じ名前で呼ばせる。

なりすましているのだから、作中人物も同じ名で呼ぶ。

作り手は嘘を書いていない。

言葉の不自由さを、成長として処理させる。

二年前の場面では、その留学生は日本語が片言である。

現在の場面では流暢に話す。

読者は「二年で上達した」と読む。別人だとは考えない。

(本人が言語を学んでいる最中だという設定が、作中に置かれている)

外見の一致を、読者に作らせる。

資料によれば、二人の顔の描写には一致する要素が一つもない

にもかかわらず読者は同一人物として読む。

名前が一致していれば、外見の差は読み飛ばされる。

別の心配を前面に置く。

読者の注意は「二年前の女性は無事なのか」に向かう。

「この男は誰なのか」という問いが立たない。

過去の人物の言葉を引用させる。

現在の男が、二年前の人物の言い回しを使う。

なりすましの一部だが、読者には同一性の証拠に見える。

媒体を移したときに何が起きたか

作者はこの作品を「映像には向かない」と考えていたとされる。

理由は明らかで、映像では顔が見えてしまうからである。

それでも映像化された。解決は配役で行われた。

| 場面 | 二年前の人物の役 | 現在の男の役 |

|---|---|---|

| 前半の回想 | 俳優A | 俳優B |

| 真相判明後の回想 | 俳優B | 俳優C |

同じ役を、前半と後半で別の俳優が演じている。

受け手は前半で「現在の男=俳優B」という対応を作る。

真相が明かされた後、同じ場面が別の配役で提示し直される。

受け手は自分の誤りを、映像として突きつけられる。

### 配役の入れ替えだけでは足りない——演者の身体が要る

公表されている配役では、 現在の場面で名を騙る側と、留学生の役に、別々の俳優が当てられている。

そして決定的なのは、そこではない。

現在の場面で「なりすまされた側の名」を演じる俳優は、 実際には留学生本人を演じている。

その俳優には、 「外国から来た人物が、日本人になりすましている」ように見えることが要求された。

メイクと演技が、両方に見えるところで成立している。

配役の入れ替えは、仕掛けの半分でしかない。

もう半分は、演者の身体そのものである。

これは他の解には存在しない条件である:

| 解 | 演者に要求されること |

|---|---|

| 配役表の嘘/空白 | 二役を演じ分けられること(造形で差をつけられる) |

| 配役の入れ替え | その身体が、二つの属性のどちらにも見えること |

前者は作り手が操作できる。後者は操作できない。

俳優を「見つける」しかない。

これは TDB-0049 の映像版と正反対の解である。

| | TDB-0049 実写版 | 本作 映像版 |

|---|---|---|

| 制約 | 同じ顔になってしまう | 同じ顔になってしまう |

| 対応 | 仕掛けを放棄した | 配役を入れ替えて解決した |

フェアプレイの担保

効き目

弱点・破綻しやすい点

一度きりの視聴では効果が薄い可能性がある

読み返してみませんか。

仕掛けを知ってから読むと、同じ記述が別の意味で通ります。

Amazon で見る →

関連する型Anotherイニシエーション・ラブ異人たちの館

← 一覧に戻る