仕掛けの要約【ネタバレ】
性格のまったく違う複数の物語を、前編と後編に割って入れ子に組んだ長編。絵本ふうの子どもの物語、米国の田舎町に留学した日本人の少女が連続猟奇殺人に巻き込まれる物語「The Ripper with Edouard」、戦時中の屋敷で起きる連続殺人を五十年後に探偵が解く表題作が、子どもの物語の前編→米国の物語の前編→表題作→米国の物語の後編→子どもの物語の後編の順に並ぶ。三つの物語は、同じ一つの物理的な原理を、それぞれ違う形で使った作中トリックでつながっている。
叙述トリックがあるのは、このうち米国の物語の層だけである。
米国の物語の地の文には「エドワード」という名がたびたび出てくる。読者はこれを人の名前として受け取り、エドワードを登場人物の一人として読む。
実際には、エドワードは人ではなく、ハリケーンの名前である。米国では熱帯低気圧に人の名前を付ける習慣があり、その名前で呼ばれているにすぎない。真相を知ると、物語の冒頭に置かれた、エドワードの到来と殺人を結びつける一文の意味が変わる。
表題作・子どもの物語・表題作の中に出てくる別の事件は、どれも作中トリックであり、叙述の仕掛けは指摘されていない。
騙しの技術
- 人の名前で呼ばれる人以外のものを、人と同じ書き方で書く。 地の文はエドワードを名前だけで呼び、それが何であるかを説明しない。名前で呼ばれ、やってくるものを、読者は人として受け取る
- 名付けたのは作り手ではない。 ハリケーンに人名を付けるのは作中の米国社会の習慣であり、作中の人物にとってエドワードがハリケーンであることは自明である。作り手は嘘を書いておらず、誤るのは読者だけになる
- 舞台を米国に置く。 人名で呼ばれる気象現象という前提は、この習慣がある土地でなければ成り立たない。舞台の選択そのものが仕掛けの条件になっている
- 冒頭の一文を謎として先に置く。 エドワードの到来が殺人の条件だったと告げる一文が冒頭にあり、読者はエドワードを事件に関わる人物として探すことになる
フェアプレイの担保
- 物語の舞台は米国の土地として描かれ、ハリケーンは作中で話題になっている(ハリケーンの命名の仕方を作中の豆知識として受け取った読者がいる)
- エドワードが人であるとは書かれていない。冒頭の一文は、エドワードがハリケーンであっても字義どおりに通る
- ただし、ハリケーンに人名を付ける習慣を知らない読者には、真相が明かされるまでこの読み方に届く道がほとんどない。この習慣は日本の読者にとって一般的な知識とは言いにくい
効き目
- 真相が明かされると、冒頭の一文が別の意味で読み直される。殺人者と並べて名を挙げられていた存在が、人ではなかったことになる
- 本全体では、三つの物語が同じ原理でつながることが大きな驚きとして読まれており、この層の叙述の仕掛けは、その中に埋め込まれた小さな仕掛けとして働く。米国の物語の後編が表題作の解決のあとに置かれるため、読者は共通の原理と、エドワードの正体とを、続けて受け取ることになる
弱点・破綻しやすい点
- 知識に依存する。 ハリケーンの命名の習慣を知っている読者には、名前が出た時点で見当がつきうる。知らない読者には、明かされても「知るはずがない」という受け取り方になりやすい
- 気づかれにくい。 本全体の仕掛け(三つの物語に共通する原理)が前面に出ているため、この層の叙述の仕掛けに触れた感想は少ない。米国の物語は長い、主人公の行動に共感しにくい、という評が多く、仕掛けの印象が読者の記憶に残りにくい
- 単独では効きが弱い。 米国の物語の結末は、これ単独では驚きが小さいという評もある
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