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儚い羊たちの祝宴

米澤穂信 / 2008 / 小説

読者が誤認するもの

行為›行為の隠匿
行為›行為の誤認›起きていない
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層メタ
叙述N-語り手の正体N-行為の偽装
媒体固有T-小説/一人称の空白
効果E-犯人の内心は描かれないE-作者が内側から追う人物は犯人である

⚠️ このページは作品の核心(真相)に触れます。未読・未視聴の場合はご注意ください。

まだ読んでいない方へ。この下は真相に触れます。

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仕掛けの要約【ネタバレ】

5編を収めた連作短編集。収録作は「身内に不幸がありまして」「北の館の罪人」「山荘秘聞」「玉野五十鈴の誉れ」「儚い羊たちの晩餐」。どの話にも、令嬢たちの読書会「バベルの会」が影を落とし、旧家に仕える、あるいは旧家に身を寄せる女性が語り手や視点人物になる。各編は結末の一行で話の意味をひっくり返すことを狙って書かれている。

この項目で扱うのは、このうち「北の館の罪人」と「山荘秘聞」の2編である。ほかの3編も結末で大きく反転するが、反転の出所が作中の人物の企み・作中の文書・作中の推測にあり、読者は作中の人物と同じ経路でその反転を受け取るため、ここでは扱わない(下記)。

「北の館の罪人」——語り手が語らない自分の行為

母を亡くした語り手「わたし」(あまり)は、資産家の家に引き取られ、離れの館に閉じ込められた長男の世話と見張りを任される。長男は語り手に、用途の分からない買い物を次々に頼む。読者の関心は、閉じ込められた長男が何をしようとしているのか、この一家が何を隠しているのかに向く。

結末で、長男を少しずつ弱らせていたのは語り手自身であり、食事に毒を混ぜていたことが分かる。語り手は世話役として長男のそばにいる場面を語り続けるが、自分のしていることは書かない。題名の「罪人」が誰を指していたのかも、ここで入れ替わる。

「山荘秘聞」——語り手が書いた言葉の、別の意味

山奥の別荘をひとりで預かる管理人の語り手は、客の来ない館をもてなしの場にしたいと願っている。崖下で負傷した登山者を助けたあと、その登山者を探す捜索隊が館を拠点にし、語り手は彼らをもてなす。

語りには、地下の食料庫の変わった肉、語り手のもてなしへの執着、最後に語り手が手にする重い塊といった、不穏な言葉が続く。読者は、語り手が登山者を殺め、事情に気づいた助っ人の女性も手にかけようとしている、と読む。

結末で、語り手は登山者を殺してはおらず、捜索隊に知らせないまま館の中に隠して引き留めていたこと(捜索が続くかぎり、館には客がいる)、そして気づいた女性には大金を渡して口をふさいだことが分かる。凶器のように描かれていた塊は、金だった。

騙しの技術

  • 語り手は自分の行為を語らなくてよい(北の館の罪人)。 一人称の語り手は、自分がしたことを報告しなくても不自然でない。語り手は世話の場面と長男の謎めいた頼みごとに読者の注意を引きつけ、自分が食事に何をしていたかは書かない
  • 嘘を書かずに語を選ぶ(北の館の罪人)。 語り手の地の文は、長男の容体についての自分の思いを、心配とも殺意とも取れる言い方で書く、という指摘がある。書かれていることは偽りではなく、読者が世話役の気づかいとして読む
  • 謎を相手の側に置く(北の館の罪人)。 閉じ込められた長男の不可解な買い物という謎が前面にあり、読者は謎を出す側を長男、謎を受け取る側を語り手と読む。語り手は事件の外にいる観察者の位置に置かれる
  • 知っている語り手が、不穏な語で書く(山荘秘聞)。 語り手は肉の正体も、登山者が生きていることも、塊が何であるかも知っている。そのうえで、凶器や人肉を連想させる語で書く。語の指す先を偽ってはいない
  • 短編集の流れを使う(山荘秘聞)。 前の話で語り手自身が人を手にかけていたと分かった直後に、同じく旧家に仕える女性の一人称が続く。順に読み進めた読者ほど、この語り手も同じだと読む、という感想がある

フェアプレイの担保

  • 「北の館の罪人」では、語り手が部屋の暖房を強くする場面が、毒による体の変化を隠す行動として読み返せる、という読みがある。長男が描く絵の色と、それについて交わされる言葉も、結末で語り手の手を指す手がかりになる
  • 「北の館の罪人」の冒頭近くには、語り手が以前、毒で鼠を駆除した場面があり、伏線と読む感想がある
  • 「山荘秘聞」では、語り手が口約束を信じない人物であることが語られ、結末で塊を渡すことの意味につながる。館の外観に出てくる煉瓦の色を、塊の正体の伏線と読む感想もある
  • 「山荘秘聞」の地下の肉は熊の肉で、登山者にまつわる約束の品も熊の掌だった、と読む感想がある

効き目

  • 2編とも、語り手が知っていることを一つ書かないだけで、結末の反転を作っている。長い伏線の網を張らず、短編の長さに見合っている
  • 「北の館の罪人」は、謎を出す側と受け取る側を入れ替える。買い物の謎が解ける場面で一度話が閉じたように見せ、その直後に語り手の側を反転させる
  • 「山荘秘聞」は、ほかの話と反対の向きに反転する。読者が殺人を予期したところで、殺人は起きていなかったと分かる。短編集の中で例外的に明るい結末だと評されることが多い

弱点・破綻しやすい点

  • 「北の館の罪人」は、毒と絵の具の知識があると、買い物の目的が早い段階で察せられる、という感想がある。結末の一行の驚きはほかの話より弱い、と評する感想もある
  • 「山荘秘聞」の結末は明言ではなく示唆で、一読で意味が取れなかったという感想が多い。最後の塊が札束か金塊かについては読みが分かれる
  • 「山荘秘聞」では、語り手の行動を狂気と読むか、もてなしへの執着が一貫した結果と読むかで、話の印象が変わる
  • 短編集の途中から「語り手が罪を負っている」という型が読める。「山荘秘聞」はこの型を逆手に取るが、型を意識しない読者には囮が働かない

読み返してみませんか。

仕掛けを知ってから読むと、同じ記述が別の意味で通ります。

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