仕掛けの要約【ネタバレ】
「地の文は嘘をつかない」という、小説で最も強い約束を突く作品。
物語は二種類の記述が交互に置かれる構成をとる。
ひとつは特定人物の独白として明示された部分、
もうひとつは誰の視点でもない客観的な記述に見える部分。
読者は後者を「作品の外から書かれた記述」として読む。
地の文が嘘をつくことはありえないという前提があるため、
そこに書かれた出来事は起きたこととして受け取られる。
実際にはその部分も特定の人物の視点であり、
その人物は隠れた場所から状況を見ている。
つまり客観的な記述ではなく、一人の主観だった。
そして、その人物が見ていたのは演じられた出来事である。
死んだと認識されていた者は誰も死んでいない。
騙しの技術
独白であることを、わざわざ明示する。
一方の記述には「これは誰それの独白である」と注記が付されている。
読者はその対比によって、注記のない側を客観的な記述だと判断する。
片方を明示することで、もう片方の性格を誤らせている。
地の文の約束を利用する。
小説において地の文は嘘をつかない、という了解がある。
作品はその了解に乗るだけでよく、自分では何も主張しない。
見ている位置を、図で示しておく。
建物の見取り図に説明のつかない空間が描かれている。
読者はそれを謎として認識するが、そこが視点の在り処だとは考えない。
演技という設定を、表向きの枠として先に置く。
登場人物たちは殺人劇の稽古のために集まっている。
読者は「演技と現実が入り混じる」ことを警戒するが、
警戒の方向が最初から限定されている。
フェアプレイの担保
- 見取り図に不審な空間が描かれており、視点の在り処が示されている
- 独白部分には注記があり、記述の性格が明示されている(もう一方には注記がないという事実も含めて)
- 真相を知って読み返すと、客観的に見えた記述が一人の主観として矛盾なく通る
効き目
- 地の文への信頼という、小説で最も基礎的な前提を標的にしている
- 「演技の稽古」という枠が、読者の警戒を別の方向へ集める
- 誰も死んでいないという解決が、惨劇の型そのものを裏返す
弱点・破綻しやすい点
- 「誰も死んでいない」という解決は、期待を裏切ると受け取られやすい(評価が分かれている)
- 客観に見える記述を維持するために、書けることが大きく制限される
- 演技という枠を最初に置くため、注意深い読者は虚実の反転を予期する