仕掛けの要約【ネタバレ】
一人称の語り手は嘘をついていない。正しく知覚できていない。
読者は「語り手が嘘をつくかどうか」は疑っても、
「語り手が見たものを正しく認識しているか」は疑わない。
本作はその一段手前を突く。
語り手は、その場にあるものを知覚から欠落させたまま語る。
本人に隠す意図はなく、心理的な抑圧によって認識が成立していない。
したがって語りは終始誠実であり、しかし現実と食い違っている。
騙しの技術
語り手の不認識を、部分的な知覚として書く。
対象そのものは認識されないが、それに付随する断片だけは記述される。
読者は書かれた断片から場面を組み立てるが、中心にあるはずのものが欠けていることに気づかない。
認識の不確かさを、性格の描写として先に見せる。
語り手が不安定な人物であることは早くから示される。
読者はそれを人物造形として受け取り、記述の信頼性の問題としては扱わない。
怪異の枠を用意する。
超常的な事象として提示される謎があるため、
読者は「説明のつかないこと」の原因を世界の側に求める。
語り手の認識を疑う動機が生まれない。
フェアプレイの担保
- 語り手の認識が不確かであることは、繰り返し仄めかされている
- 記述された断片は事実であり、欠落があるだけで虚偽はない
- 真相開示後、同じ場面が矛盾なく読み直せる
効き目
- 「語り手は正直か」ではなく「語り手は正しく見ているか」という、
一段深い位置に疑いを移した
- 怪異として提示された謎が、知覚と精神の問題として解決される構造が主題と一致している
- 語り手の状態そのものが物語の主題でもあり、仕掛けが装飾になっていない
弱点・破綻しやすい点
- 解決が理詰めのミステリとして期待した読者には受け入れられにくいという評がある
- 分量が大きく、仕掛けが働き始めるまでに時間がかかる
- 語り手の不認識という設定は、成立条件が読者の納得に依存する