一覧 / 湖底のまつり

湖底のまつり

泡坂妻夫 / 1978 / 小説

読者が誤認するもの

人物›人物の属性›性別
詳しい分類を見る
層複合
叙述N-人物の属性
媒体固有T-共通/囮の仕掛け
効果E-名前は人物の属性を示すE-同じ名前=同じ人物
手段M-人物すり替え

⚠️ このページは作品の核心(真相)に触れます。未読・未視聴の場合はご注意ください。

まだ読んでいない方へ。この下は真相に触れます。

先に作品にあたるなら、こちらから。

PR:本ページはアフィリエイト広告を含みます。

ミステリは“聴いて”楽しむこともできます(Audible 30日間無料体験)

仕掛けの要約【ネタバレ】

傷心の旅でダムに沈む予定の村を訪れた香島紀子は、増水した川に流され、埴田晃二と名乗る若者に助けられて、その夜に結ばれる。翌朝その若者は姿を消しており、紀子は村で、晃二がひと月前に毒殺されていたと知らされる。物語は章ごとに視点人物を替えて進み、第二章は時間を戻して、本物の晃二がダム工事の測量士補・藤舎緋紗江を川から救い、結婚するまでを描く。

紀子が出会った「晃二」は、晃二の妻の緋紗江だった。緋紗江は死んだ夫の服を着て、夫としてふるまっていた。読者が誤るのは、まず第一章の終わりで明かされる「この人物は誰か」ではなく、その手前の「この人物は男性である」という前提のほうである。第一章の相手が本物の晃二でないと分かったあとも、読者は相手を男性として探し続ける。

緋紗江の正体には、晃二の毒殺事件の捜査で浮かぶ大学生・荻粧子との関係も絡んでいる。粧子が想っていた相手も晃二ではなく緋紗江だった。

騙しの技術

  • 地の文が相手を「晃二」と呼ぶ。 第一章は紀子の視点に寄り添って書かれているが、一人称ではない。その地の文が、紀子の出会った人物をそのまま晃二の名で書く。男性の名が地の文に置かれるので、読者は名から性別を受け取る
  • 肝心な部分を書かない。 二人が結ばれる場面は長く丁寧に書かれるが、相手の身体について決め手になる部分への直接の言及は避けられている。比喩を重ねた古風な文体が、その欠落を目立たなくしている
  • 同じ場面を、男性の側から繰り返す。 第二章は、本物の晃二が増水した川で女性を救い、結ばれるまでを、第一章とよく似た運びで描く。男性である晃二の視点でなぞり直された場面が第一章の記憶に重なるため、第一章の相手が女性だという読みがいっそう立ちにくくなる、という評がある
  • 「なぜ同じことが起きるのか」という謎を前に出す。 二つの場面の不思議な反復が読者の関心を引き、相手の性別という問いは立てられないまま残る

フェアプレイの担保

  • 第二章の反復の場面で交わされるやりとりを第一章でなぞり直せたのは、その場にいた人物だけであり、反復そのものが真相への手がかりになっている、という読みがある
  • 粧子が演劇でシェイクスピアの喜劇に関わっていたこと、残された書き置きの署名や記号がその劇の役名を指していることが、捜査の中で示される。その劇は女性が男装して男性としてふるまう筋を含み、緋紗江がその台詞を口にする場面もある
  • 結ばれた場面の後、紀子が相手に男性を感じなくなるという趣旨の描写がある、という指摘がある

効き目

  • 章が替わるたびに前章の見え方が変わり、読み返しを誘う。章ごとの視点を重ねて初めて全体の絵が見える構成を、騙し絵になぞらえる評が多い
  • 第一章の終わりで「相手は誰か」という謎を大きく立てることで、その下にある性別の前提が守られる。謎を一つ解かせることで、もう一つの誤認を残す構造である
  • 官能的な場面の描写が、そのまま仕掛けを隠す道具になっている。描写の濃さが、書かれていない部分への疑いを遠ざける

弱点・破綻しやすい点

  • 一夜を共にした相手の性別を取り違えるという作中の前提に、無理があると受け取る読者が少なくない
  • 地の文が相手を晃二と記すことを、地の文に偽りを書いたものと見る批判がありうる。第一章の終わりで人物の取り違え自体は明かされるため、反則とまではいえないという見方もあり、評価が分かれる
  • 同種の人物設定と仕掛けを用いた後続の作品が多く、いま読むと見当がつきやすいという評がある。途中で気づいたという感想も複数ある
  • 恋愛小説としての比重が大きく、ダムや村の描写を冗長と感じる読者がいる。仕掛けを隠すために必要な分量だという擁護もある

読み返してみませんか。

仕掛けを知ってから読むと、同じ記述が別の意味で通ります。

← 一覧に戻る